2005年11月30日
立志開放写真館!!!
牛久保の開放が終わった。
2学期のまとめテストに向けて9日間のロングラン開放であった。今回も言わせて下さい。正直、今クタクタです。(充実の疲れです!!)
開放は生徒からの質問の対応が中心になるので先生達はそんなにきつくないのでは?? と思われるかもしれない。ところが通常授業よりどっと“疲れ”が出る。生徒に集中して勉強させる環境を作ることはかなり難しい。正直、授業よりも難しい部分も感じる。授業は私が相手である。でも、開放はひたすら問題が相手になる。問題は笑わせてくれない。ひたすら生徒達に問いかけるのみである。
生徒諸君にとって、テスト週間の私はいつもより“怖く”感じるはずである。業務のほとんどが“叱る”ことになるからである。子供達はそんなに容易く集中して勉強できる訳ではない。開放を「ただの自習」などと思っている塾の講師にはこんなことは絶対に分からないであろう。家で黙々と集中して勉強し続けることができる子がどれだけいるのだろうか?
「家だと気づくと寝ちゃう!」「家だと絶対にやらん!」「この机でないとやる気が出ん!!」「開放がなかったらゾッとする!!」
これらはすべて今回の開放中、生徒達の口から出た言葉である。やはりこれが実態であろう。
さて、各学年を振り返ってみみましょう。

~中3満タン!!!~

~職員室も中3に占領されています!!~
中3はとにかく安定して集中できるのがgoodです。日頃、時に“うるさい!!”っと叱る生徒もケジメをつけることができるのが良いところです。それぞれが自分の予定に従いきっちり学習している様子は自立して学習できている生徒が多いことを感じさせてくれました。今回はすべて12時まで残った生徒達も何人もいましたね。職員室チームは全員が12時まで残っていました。おかけで隅に追いやられて今も腰が痛いです。

~中2を背面からパシャ!!!~
中2は全員が時間通りに来て欠席者が少ないのが印象に残りました。やはり日頃、注意を繰り返す生徒もけじめをつけて集中できていたことを感じます。集中している様子は頭の動きで分かります。集中しているときに人間は頭が静止します。以前に感じたふらつきがかなり落ち着きに進歩したことを感じました。

~中1を外から覗くと・・~
日頃はきっちりとしていると感じる中1ですが、開放では中2中3と比べると幼さが時々出たかな? 持続力をつけることも課題ですね。ケジメをつけて全員が学習に向かうまでの時間が一番かかるのが中1でした。でも、今の中2中3生もかつては・・・ 集中できることと学力が向上することは確実に一致しますからね。

~自転車も一杯!!~
今日は一時的に駐輪場のスペースが足りなくなり、すべての自転車を並べなおしました。過去最多の自転車通塾の日であったことは間違いありません!! 去年の今日は開校前日で、まだ一台の自転車も止まっていませんでした。んーー感慨深い!!!

~縫ってますよ!!!~
「Sちゃんは何でもできる!!!」っととある女子生徒が休憩中に呼び出して縫い方の質問をしていましたね。家庭科、しかも裁縫を女子生徒から質問されるとは恐るべしSっちゃん!! また、それにしっかりと答えているS君にも感心しました!!!
さて、このような開放もご父母の方々のご協力あってこそ可能なことです。送迎してくれることを“当たり前”ではなく“感謝”という立場で一度考えてみてください。
そして勉強を頑張れるだけでなく“ありがとう”の一言を掛けられる常識ある立志生であることを私は願う。(塚越)
2学期のまとめテストに向けて9日間のロングラン開放であった。今回も言わせて下さい。正直、今クタクタです。(充実の疲れです!!)
開放は生徒からの質問の対応が中心になるので先生達はそんなにきつくないのでは?? と思われるかもしれない。ところが通常授業よりどっと“疲れ”が出る。生徒に集中して勉強させる環境を作ることはかなり難しい。正直、授業よりも難しい部分も感じる。授業は私が相手である。でも、開放はひたすら問題が相手になる。問題は笑わせてくれない。ひたすら生徒達に問いかけるのみである。
生徒諸君にとって、テスト週間の私はいつもより“怖く”感じるはずである。業務のほとんどが“叱る”ことになるからである。子供達はそんなに容易く集中して勉強できる訳ではない。開放を「ただの自習」などと思っている塾の講師にはこんなことは絶対に分からないであろう。家で黙々と集中して勉強し続けることができる子がどれだけいるのだろうか?
「家だと気づくと寝ちゃう!」「家だと絶対にやらん!」「この机でないとやる気が出ん!!」「開放がなかったらゾッとする!!」
これらはすべて今回の開放中、生徒達の口から出た言葉である。やはりこれが実態であろう。
さて、各学年を振り返ってみみましょう。

~中3満タン!!!~

~職員室も中3に占領されています!!~
中3はとにかく安定して集中できるのがgoodです。日頃、時に“うるさい!!”っと叱る生徒もケジメをつけることができるのが良いところです。それぞれが自分の予定に従いきっちり学習している様子は自立して学習できている生徒が多いことを感じさせてくれました。今回はすべて12時まで残った生徒達も何人もいましたね。職員室チームは全員が12時まで残っていました。おかけで隅に追いやられて今も腰が痛いです。

~中2を背面からパシャ!!!~
中2は全員が時間通りに来て欠席者が少ないのが印象に残りました。やはり日頃、注意を繰り返す生徒もけじめをつけて集中できていたことを感じます。集中している様子は頭の動きで分かります。集中しているときに人間は頭が静止します。以前に感じたふらつきがかなり落ち着きに進歩したことを感じました。

~中1を外から覗くと・・~
日頃はきっちりとしていると感じる中1ですが、開放では中2中3と比べると幼さが時々出たかな? 持続力をつけることも課題ですね。ケジメをつけて全員が学習に向かうまでの時間が一番かかるのが中1でした。でも、今の中2中3生もかつては・・・ 集中できることと学力が向上することは確実に一致しますからね。

~自転車も一杯!!~
今日は一時的に駐輪場のスペースが足りなくなり、すべての自転車を並べなおしました。過去最多の自転車通塾の日であったことは間違いありません!! 去年の今日は開校前日で、まだ一台の自転車も止まっていませんでした。んーー感慨深い!!!

~縫ってますよ!!!~
「Sちゃんは何でもできる!!!」っととある女子生徒が休憩中に呼び出して縫い方の質問をしていましたね。家庭科、しかも裁縫を女子生徒から質問されるとは恐るべしSっちゃん!! また、それにしっかりと答えているS君にも感心しました!!!
さて、このような開放もご父母の方々のご協力あってこそ可能なことです。送迎してくれることを“当たり前”ではなく“感謝”という立場で一度考えてみてください。
そして勉強を頑張れるだけでなく“ありがとう”の一言を掛けられる常識ある立志生であることを私は願う。(塚越)
2005年11月29日
教室開放を終えて

~終了後~
連日連夜、両校とも教室開放が続いています。今ちょうど牟呂校の片付けが終わったところです。なかなか60人以上の生徒が使ったあとの片付けは大変です。ざっと1時間以上はかかります。(最近はいすだけでも自分たちで生徒が片付けてくれるようになり随分と助かっていますが…)
片付けていていつも思うのは、「この席には○○が数学をがんばっていたな」とか「△△は消しカスが多いから苦労してたのかな」など、そこに座っていた生徒の様子を思い出しています。みんなが一様に勉強しているようにみえてもその内側では個々の相違があり、葛藤があるのだと思います。まだまだテスト勉強に集中しきれない中1の子、焦るあまりイライラが募る中3生。淡々と目前の課題をこなす2年生など、いろいろな様子が見てとれます。そのダメな部分も葛藤も乗り越えてこそ、新たな自分が待っているはずです。特に中3生は思い通りにやり切れない自分に腹が立ったり、がんばっている他の子を見て、自分に自信がなくなったりといろんな感情が湧き出てくることでしょう。今は受験を通じて、そういった感情に打ち勝つことも学んでいかないといけない時期なのです。最大の敵は他の中3生とかではなく、誰あろう「自分」です。受験までもう残り100日あまりです。あとどれだけ自分との勝負に勝つことができるのか。もし負けることがあるにしても、そのたびに捲土重来、立ち上がることができるのか。みんなのがんばりに期待しています。また、全力で残りの日々をサポートしていきます。がんばりましょう。(金田)
2005年11月26日
私が今想う事・・・

~考えましょう~
テスト週間真っ只中。
連日、開放と対策授業に追われる日々が続く。我々がもっとも充実する時をまさに向かえている。
そんなこの時期、ある保護者の方とお話する機会が偶然あった。最近の私の身の回りの出来事では最も印象に残る話題がその時出た。
そのお父さんがこう言った。
「先生、私はこう思うんですよ。まず、うちの娘には常識をもった人間であって欲しいんですよ。人の話を目を見て聞く。ルールは守る。人の悪口を言わない。こうゆうことができなくて勉強だけできても社会へ出てから通用しないですよね。」
全く同感である。私にも子供がいる。私も自分の子供に対してまず「常識」を持った人間であって欲しい。学力はその次である。
「常識はないが学力はある」という人間を私は育成したいとは思わない。かつての私は「進学塾は成績を上げることがすべてだ!!」心の底からこう思っていた。そして、この業界の人間は一般的にこう考えている。
私の仕事の中心は「学力を向上させること」であることは疑う余地はない。でも、今はこのお父さんの言葉の意味がよく分かる。常識のない理屈屋など社会では全く通用しない。常識がすべての土台である。
人間は人との交わりなしでは存在し得ない。
子供達に対しても同じことを思う。精神的な部分の成長が伴わない限り真の人間力の向上もあり得ない。
そうゆう意味でここ数日間生徒諸君を見ていた。
今日、開放の帰りに自然と「ありがとうございました。」と口から出る生徒たち。いつもより爽やかに感じたのは意識していたからだろうか。
こんなことを言ってくれた生徒がいた。「先生大変だね。毎日すごく疲れるでしょ?」今までにも言われた記憶がある。でも、意識していたせいなのかすごく嬉しかった。
テストの対策プリントを配った。意識して反応を聞いてみた。
「頑張るぞ!!やったろか!!」と肯定的な発言をした生徒。一方で瞬時に「こんなにたくさんできん・・」と言ってしまう生徒。結局、頑張ってやるのであるから「結果は同じ」なのかもしれない。でも、周りの子達に与える影響は「頑張るぞ!!」っと口から発する生徒の方が良い。立志生はお互い、頑張れるライバルであって欲しい。
「はい、顔を上げろ!!注目!!」ノートを取る手を休めてさっと顔を上げる生徒。少し送れてゆっくり顔を上げる生徒。これは社会に出てからであれば致命的な差になることは言うまでもない。学力の差など一気に吹っ飛んでしまう・・・
生徒諸君、自分のこととして考えてみて下さい。
常に学校の先生や親の悪口を言うことで仲間意識を持っている気になっていませんか? その場にいない人間の悪口や不満が会話のほとんどになっていませんか? であれば、きっとあなたもどこかで悪口を言われていることでしょう。
身の回りに起こる出来事に対してまず否定的な発言が出ていませんか? それが習慣になってしまえばあなたはあなたの可能性を大きく縮めることになるでしょう。
親の言うことに素直に従うことが「格好悪い」っと思っていませんか? きっとあなたが子供ができたときにあなたの子供はあなたの言うことを聞くことを「格好悪い」と思うことでしょう。
私は自分の行動は自分に帰ってくるものだと信じて行動したい。
そして、私も私自身に同じことを問いかけて生徒諸君に接していきたい。(塚越)
2005年11月25日
体調管理は万全に

~塚越先生買いました!~
テスト週間です。連日連夜両教室で立志塾恒例の「教室開放」が実施されています。今日もほとんどの子が(欠席者は牛久保2名、牟呂1名!)がんばっていきました。明日からも一緒にがんばりましょう。
ところで、この時期気になるのは、それぞれの体調管理です。今日欠席した子の理由も風邪による発熱だと聞いています。朝晩は随分と冷え込むようになり、風邪のひきやすい季節になってきました。そんな僕も昨日から今日にかけて、かなり体調を崩しています。塚越先生からも「普段からうがいをする習慣がないからだ!」と30回くらい言われ続けています。(さっそくうがい薬を買いました。今日から欠かさずうがいをします!)やはり、日頃からの習慣が大切ですね。1に食事、2に睡眠でしょうか。ご家族の方にも協力してもらいながら、規則正しい生活をできるように心がけましょう。また京子先生が一部の教室でさかんにインフルエンザの予防接種を勧めていたようですが、僕も大賛成です。特に受験生は入試当日にインフルエンザにかかってしまってはシャレになりませんからね。万難を排してその日を迎えることはとても重要なことだと思います。ぜひ予防接種をしておきましょう!インフルエンザの予防接種と言えば僕らが子供のころは学校で受けたものでした。いわゆる「鉄砲注射」ってやつです。(こんな呼び方してたのは僕らの学校だけなのかも…)小学校の時は生まれが早かったので名簿はいつも1番か2番でした。そのため注射の順番も常に初めの方で、注射が終わった後にまだ待っている子たちに「痛い?痛い?」と聞かれたものでした。(痛いとわかったからってどうしようもないのにね。)いつの時代になっても注射は嫌なものですが、今年は万全を期して僕もインフルエンザの予防接種を受けてくることにします。また明日からもがんばりましょう!(金田)
2005年11月24日
my school days

~母校:豊橋市立H中学校~
授業の前後で生徒たちから学校での出来事や、いま夢中になっていることなどの話を聞きます。学校行事の成功に達成感を得ている子がいれば、あるミュージシャンに傾倒している子、友人との不仲を嘆く子など様々です。
中学生から高校生にかけてが、人生の中で最も脳ミソが柔軟で吸収力がある時期、いわゆる多感な年代だと言うことが出来るのでしょう。この時期にどんな人と出会い、どんな経験をしたか、ということが人格形成や判断能力の度合い、そしてその後の人生に大きく影響していく基なのかも知れません。また、困難に直面したときにいかに克服していくか、ということも、この時期の大きなテーマだと私は思います。
テスト週間がスタートしました。中学生にとって、勉強は困難のひとつでしょうが、根気良く、決して諦めることなく研鑽して欲しいものです。
無論、こんな私にも中学生時代はありました。従って、当然母校というものもあります。日々の勉強と部活、どちらも充実していました。そして私にはもうひとつ大きな思い出があります。それは、生徒会活動です。
中1前期に級長(豊川市では総務と呼ぶらしい)に任命されたのを皮切りに、中1後期~中2前期を生徒会役員、中2後期と中3前期は級長を任され、何も役がなかったのは中3の後期のみという活躍(?)ぶりでした。今思えば、もっと他にやれる子がいなかったのかい、と突っ込みを入れたくなるような状況でした。
その中でも、生徒会役員を務めた1年間は忘れられない思い出です。役員9人のうち、中2の先輩が6人、私を含む中1が3人という構成でスタートしました。優しく面白い先輩たちに恵まれ、生徒会室はいつも笑いが絶えませんでした。当時の中学生には手の届かなかったワープロを自由に使えたり、日没してもなお校舎に残っていられたり、とそんなことが新鮮に感じられたことを今でも覚えています。
また、用務員室の冷蔵庫にはその日の給食で余った牛乳が保管されており、それらをみんなして飲みあさったこと(身長が伸びたのはこのおかげ!!)、当時流行っていたビックリマンシールのレアものを使って副会長の座を買収したこともありました(古いしせこい!!)。毎週月曜日の朝会でのスピーチを考えたり、校内かわら版を作成したり、文化祭の準備のため夜遅くまで“残業”していたり....。
当時の記憶は鮮明です。それはきっと多感な時期の出来事だったからでしょう。勉強によるテストの得点や、部活による試合の勝敗以外の大切なものをいっぱい得られた1年間でした。
この生徒会のメンバーとは、大人になった今でもたまに会います。私同様、親になった者もいれば、まだ大学にこもって研究している変わり者もいます。めったに会うことは出来ませんが、各自の状況、立場で活躍している、と思うだけで自分も頑張ろうという気持ちになれます。
生徒のみんなにとって、塚越先生や金田先生との出会い、そしてこの立志塾での経験の全てが、将来の自分をつくる確かな行動の指針になるといいですね。決して楽な指導ばかりではありません。ただそれらは困難を克服するための最良の方法です。
我々を信じ、立志塾とともに成績向上を目指していきましょうね。
(当時の無遅刻・無欠席は今でも自慢の中村でした)
2005年11月23日
あれから1年 “PART2”
立志塾開校1年を祝して2人の第一期生がおみやげをもってきてくれた。
“嬉しい!!”の一言に尽きる!!
それぞれが高校生活を充実させている様子も報告してくれた。そして、「立志塾便りに載せるぞ!!」っという約束までしましたね!! っということで今回登場です!!
~目指すはVリーグ??~
バレー部で大活躍のW.Y君!!!
高校で担任のKATS.Mへ⇒しっかり指導してよ!!

~柿です~
私の唯一と言って良い好きな果物である。「酸っぱい」っと感じると「おいしく」感じない塚越にとって「甘い」柿は大好物です!!! 彼曰く「甘くておいしいですよ!!」っというこの柿をさっき食べました。⇒本当においしかったです!!!しばらく塚越家の食卓では柿三昧ということに・・・ 楽しみです!!!
~“立志塾便り”最多登場記録更新中です!!~
ちなみに、この写真を撮影したのは小5の塾生のN.Mさんです!! 高1と小5の立志コラボレーション!! んーーー上手に撮れてる!!!

~開講一周年を祝した手紙~
S.Sさんが開講一周年を祝して手紙を持って来てくれました。
Sへ
授業後にしっかりと読みました。読んでいて熱いものが込み上げてきました。君のように感じてくれる生徒が一人でも多く立志塾から巣立つことが先生の目標です。君のような生徒に出会うことができて先生は幸せだと感じます!!これからも宜しく!!!
~おみやげを食べる~

~やっぱり食べる~
最近、第一期卒業生からの連絡が多い。それぞれが充実した高校生活を送っていることを感じる。
その報告を聞くだびにパワーをもらえる気がする。
さて、テスト週間です!!! 現立志生諸君!!! バリバリに勉強するぜ!!!(塚越)
“嬉しい!!”の一言に尽きる!!
それぞれが高校生活を充実させている様子も報告してくれた。そして、「立志塾便りに載せるぞ!!」っという約束までしましたね!! っということで今回登場です!!

~目指すはVリーグ??~
バレー部で大活躍のW.Y君!!!
高校で担任のKATS.Mへ⇒しっかり指導してよ!!

~柿です~
私の唯一と言って良い好きな果物である。「酸っぱい」っと感じると「おいしく」感じない塚越にとって「甘い」柿は大好物です!!! 彼曰く「甘くておいしいですよ!!」っというこの柿をさっき食べました。⇒本当においしかったです!!!しばらく塚越家の食卓では柿三昧ということに・・・ 楽しみです!!!

~“立志塾便り”最多登場記録更新中です!!~
ちなみに、この写真を撮影したのは小5の塾生のN.Mさんです!! 高1と小5の立志コラボレーション!! んーーー上手に撮れてる!!!

~開講一周年を祝した手紙~
S.Sさんが開講一周年を祝して手紙を持って来てくれました。
Sへ
授業後にしっかりと読みました。読んでいて熱いものが込み上げてきました。君のように感じてくれる生徒が一人でも多く立志塾から巣立つことが先生の目標です。君のような生徒に出会うことができて先生は幸せだと感じます!!これからも宜しく!!!

~おみやげを食べる~

~やっぱり食べる~
最近、第一期卒業生からの連絡が多い。それぞれが充実した高校生活を送っていることを感じる。
その報告を聞くだびにパワーをもらえる気がする。
さて、テスト週間です!!! 現立志生諸君!!! バリバリに勉強するぜ!!!(塚越)
2005年11月22日
1日過ぎて…1年過ぎて…

~牟呂の広告です~
11月20日の日曜日に来年度に向けての立志塾の広告が牟呂・牛久保の両地区に入りました。(詳細は2日前の塚越先生の立志だよりをご覧下さい。)さっそく今日、牛久保、牟呂の両校で10名程の申し込み及び数件の問い合わせがありました。3月の入塾に向けての選考試験なので、まだまだ先のことなのにもかかわらず「定員が埋まるといけないので…」と言っていただいたりしてとてもありがたいことです。(学年によってはもう定員間近になっている学年もあります。検討中の方はお早めに…)この1年間我々がやってきたことが少しずつではあるけれども、両地域の方々に認められてきたのを実感しました。また、兄弟が既に立志生のご父母の方は「うちの子がいつも塾の話を楽しそうにします。下の子もぜひお願いします。」とか「塾に入ってとてもやる気になりました。妹も大丈夫でしょうか?」とも言っていただきました。うれしいことです。(なんと、中にはまもなく開校満1年の塾にもかかわらず、3人目のお子様をお預かりするご家庭もあるのです。)やはり兄弟を通わせてみようと思っていただけるのは、僕らの教育方針や授業内容、情熱がお子様を通じてご家庭に伝わっている実感があるので、格別の喜びがあります。
いよいよ12月で立志塾は丸1年を迎えます。(牟呂校開校は1月でしたが…)過ぎてしまえばあっという間ですが、やっぱり感慨深いものがありますね。気持ちを新たにこれからも一生懸命がんばっていきます。
思えば昨年の今頃、「孫からいろいろ聞いてるよ。おおいに張り切ってやってくれ!」と理事長先生から力強いお言葉をいただいたのが昨日のようです。この地域で頼るべき所もなかった僕らにとってどれだけパワーをいただいたことか…。あの一言から立志塾牟呂校は始まったような気がします。理事長先生のご期待にも応えられるよう、これからも教育を通じて地域に貢献できるように努力していきます。理事長先生本当にお疲れ様でした。安らかにお眠り下さい。(金田)
2005年11月21日
厚みが増して....

~ズッシリきます~
土曜日の塚越先生の日記にもあったように、1年前、そして今日に至るまでに様々なことがこの立志塾で起こり、我々の活動の源となっています。実に濃密な1年でした。
さて、既にご承知の通り、私は立志塾の事務方の仕事もしています。毎月中旬になると決まってある業務がやって来ます。それは“来月分納入金の請求等の郵便物作成とその郵送”です。立志NEWS、月間予定表、テスト上位者一覧等の同封物に加え、明細書、更には郵便振替用紙の準備をし、ひとつひとつ自らの手で折り、内容物に間違いのないよう慎重に封入するのです。全部一人でやるので、この業務に費やすのべ時間はおよそ8時間程度でしょう。全部封入し終わり、封筒の山を前にした時の達成感は格別です(そんな私は変態か?)。
この1年で、塾生数は約200名、封筒の通数はおよそ160通(兄弟で通塾している家庭の分少なくなります)となりました。なかなかのボリュームです。これもひとえに、この立志塾に対する地域の皆様のご期待の大きさそのものだと思います。ミス無く、おごることなく、初心を忘れずに行動しなければ、と心に誓う今日この頃です。
(今月は20日の午前に郵便局に提出した中村でした)
2005年11月19日
あれから1年・・・ “PART1”

~20日(日)の中日新聞に入ります!!~
開校して1年が経とうとしている。
この1年間、改めて思い出すと感慨が込み上げる。充実、やりがい、楽しさ、同志との信頼、感動、そして感謝。いろんな言葉が浮かぶけど、どの言葉でも満たせない“何か”を感じる。
今回は、立志開校直前を振り返ってみます。
ちょうど一年前、申し込みのあったご家庭のご自宅を訪問させて頂いた。多い日には一日で14件訪問したこともあった。運転手は中村先生だ。彼が次から次へと私を各家庭へと運ぶ。
どのご家庭でもすごく温かく迎えてくれたことが印象に残っている。「先生に預けるよ!!」っと語ってくれた何人ものお父さん。食べても食べてもお菓子を出してくれた何人ものお母さん。ある家庭に行ったら何人ものお母さんが集合していて井戸端会議の様相を呈してきて帰るに帰れなくなったこと。今、思うと感謝の言葉以外は浮かばない。
こんなことがあった。夜の10時過ぎである。今日はあと1件だ。でも、次の家庭に時間ギリギリ・・・。中村が超特急で私を運ぶ。到着した!!! 私は車を降りてとりあえずダッシュ!! “あれっ?? 何だ??”→ 気づくと田んぼに片足がズッポリと入り込んでいる。思いっきり足を抜いたら靴が田んぼに入ったままである。真っ暗闇の中で手探りで靴を拾い出す。→“おー見つかった!!!”そのまま靴を履いてもう一度ダッシュ!!! 間に合った!!! でも、ふと自分を見ると泥だらけ!! とても人様のご自宅に上がれる状態ではない。靴下を脱いで膝まくりをして上がらせてもらったことが懐かしい・・・
また、こんなこともあった。中村が車を止めるなり言った。「住所だとここのはずですよ・・」→“ここ”と言われても真っ暗である。何も見えない。「んーーー、とりあえず行ってみるよ!! 適当に車を止めて待ってて!!」 何とか家に辿り着いた!! そして、出てくると再び真っ暗!! 「なかむらーーー!!」「おーーーい」→まったく反応がない。ここは一体どこなのか?? 一瞬、日本じゃないのでは?? と訳の分からんことを考えた・・・とりあえず携帯に電話してみよう!! 中村が出た!! 彼は言った。「ちょっと離れたとこに止めたはずですよ!! こっちも真っ暗でよく分かりません。」→ほとんど探検状態である。私は言った。「電話切るなよ!! 俺をここに置き去りにするな!! お互い声が聞こえるまで歩き続けよう!!」→とにかく暗黒の世界である。目の前に何があるのかすら分からない。さまよったあげく中村に出会えた時は思わず抱きしめたくなったことを覚えている。
南中校区は広い。豊川の中心地も南中校区であれば一面田んぼの真っ暗な世界も南中校区である。→上の2つの出来事は共に天王校区であることは言うまでもない・・・ 恐るべし天王校区!!! この迷子になった家の生徒に後日聞いた。「あんなに暗いのによく街灯がなくて困らんね?? 危ないでしょ??」彼は言った。「近所の人以外は誰も来ないので誰も困ってません!!」←やはり恐るべし!!
こんなことの繰り返しから立志塾は始まった。
現在、講習生を含めて約200名の生徒達が通う塾にまで成長した。今、これを打っていて改めて思う。「あの時の気持ちを忘れるな!! 塚越!!」 生徒諸君に偉そうなことを日頃語っているが、私こそ生徒諸君に負けないように頑張る!!! 改めてここで宣言しておく!!!
さて、上のチラシである。20日(日)に中日新聞に折り込まれます!!!
新たな立志生との出会いも楽しみです!! まだ見ぬ立志生よ!! 楽しみに待ってます!!!
(塚越)
2005年11月18日
キリ番の賞品は??

~イングランド代表グッズ~
少し遅くなってしまいましたが、HPのカウンター15000ゲットの賞品を本日持参してきました。過去の2回のキリ番も牛久保校の中3男子でしたが、今回もそのジンクスは生きていました。当選者の子がサッカー好きということもあり、今回もまたサッカーグッズです。(前回はレアルマドリーのユニフォームでした。)これは2002年日韓W杯の準々決勝、静岡エコパで行われた、ブラジル対イングランドの一戦のために購入したものです。どうしても南米のサッカーが好きになれない僕はイングランドに勝ってもらいたいと思い、このユニフォームを着て観戦しました。試合はマイケル・オーウェンの先制弾も虚しく、リバウドと今をときめくロナウジーニョの芸術的ループシュート(本当に狙ったのか??ロナウジーニョなら狙ったのかも…)でブラジルが逆転勝ちしました。
あの大会があったおかげで日本のサッカーのレベルはもう一段上がったのは間違いありません。(昨日の試合はお粗末でしたが…まあ、勝ったから良しとしましょう。)サッカーに限らず、スポーツの大きな大会が自国で行われると、その競技全体のレベルが上がることは良くあることです。特に世界的なイベントとなる、サッカーのW杯とオリンピックはその最たるものだと思います。どうやら2016年の夏期オリンピックには東京が約50年振りに立候補する方向のようです。2016年と言えば今から11年後。現在立志塾にいる小・中学生の子たちは一番脂の乗った時期ですね。もし、オリンピックが東京に決まれば、今後あらゆるスポーツの強化が国を挙げて推進されると思います。また、自国開催となれば国民の関心も高くなり、スポーツをする環境としてはこの上ない環境が作り出されるに違いありません。今自分が取り組んでいるスポーツを一生懸命努力していけば、将来オリンピックの選手になることも夢ではないかもしれませんね。小6でサッカーをがんばっているS.M君、中3でバスケがめっちゃうまいという噂のK.Uさん、今年陸上で全国大会に出場した中3のY.H君などなど。今から十分期待できそうな人もいますね。もしかしたら、まだ僕らが知らないすごい才能の持ち主もいるのかもしれません。今からワクワクしますね。(バレー部のA.O君も期待??)やっぱりW杯もオリンピックも日本が強くないと面白くないですから!まして、自分の教え子が出るとなれば俄然盛り上がること間違いなしですね。とにかく楽しみにしてます。がんばって下さいね。(実はまもなく決定するラグビーのW杯の会場が日本になるかが気になる金田です。)
2005年11月17日
own space

~これを『殺風景』と言う~

~中村文庫~
先日、引っ越しをしました。やっとのことで4年半に及んだ豊川市でのアパート生活に終止符を打てました。新婚生活、子供の誕生、そして立志塾の設立と、忘れられない出来事が数多く生まれた場所であり時間でした。
さて、引っ越した先は豊橋市です。別段、新築の一軒家を購入した訳ではありません。中古物件です。ただ中古と言っても、赤の他人のお古ではありません。私の実家なのです。両親は近所に新築を購入し暮らしていますので同居でもありません。
引っ越す1、2週間前から建築業者が入って内装のリフォームをしてありました。壁紙は全て張り替え、床は和室を除いて全てフローリング、階段の材質を新調し手すりを取り付け、引き戸はスライド式のドアに変身等々....。全部奥さんの好きなようにやらせたら、室内の表情がガラッと変わりました(気合入り過ぎか)。様変わりとはこういうことを言うのでしょう。室内にいれば新築の家に越して来たかのような錯覚を覚えるほどです。
写真が私の部屋です。と言っても、まだ荷物が片付いておらず、寒々しいばかりですが....。荷物を整理していて感じたこと、それはいかに自分のモノが少ないかということでした(そもそもアパートでは自分の部屋すらありませんでしたが)。あると言えば、仕事に関係するテキスト類と買い集めた書籍ぐらいなものです。言い換えれば、いかに私が無趣味な人間かということでしょう。自分の部屋なのに、全く落ち着きません(泣)。
この部屋は、かつて中学・高校時代に私の部屋だった空間です。遮二無二勉強したこともありましたし、母親との親子喧嘩も頻繁に行われた場所です。それらも今となっては良い思い出となっています。約12年振りに再び自分の生活空間となり、喜ばしいやら晴れがましいやら、変な感じです。
これを読んでいる生徒諸君にも、自分の勉強スペースはあると思います。日々の宿題やテスト勉強は楽ではないですが、そこで机に向かえることも自己の成長の過程であり、後になってみれば思い出となってゆくものです。計画的な、そして規則正しい生活を心がけ、落ち着いて学習する空間・時間を確保してこの学生生活を充実させて欲しいと願っています。以前にも書きましたが、そんな場所があるだけでも恵まれているのですから、無駄にしないようにね。
(今朝、自宅で柿の収穫をした中村でした)
2005年11月16日
http://risshijuku.com

~4番目です!!~ ↑拡大して下さい。
私の日課はまだ続いている。
私はインターネットに接続するとyahooの検索で「立志塾」と入力する。ここ数ヶ月の間、15番目前後に登場する日々が続いていた。もうこれ以上、上にはいかないのか・・・と思いはじめていた。
yahoo以外であれば3番目くらいに登場する検索サイトがあることも知っている。でも、やっぱりyahooである。
日本国内ではyahoo以外のすべての検索サイトを合計してもyahooの検索の半分にも満たないそうである。つまり、日本人は何かコンピューターで検索する時、まずyahooで検索する人が半分以上いるということである。
宿敵の大宮立志塾のカウンターはとっくに越えている。なぜ上位のこないのか?? 私の友達でコンピューターに詳しい者がいる。彼曰く、「検索で上位に登場にさせる業者があるからそこにお金を払えば上位に来るよ」とのことであった。
「私は、何もしなくたって上位に行くはずだ!!」っとただ、ただ待っていた。
今日、立志塾は大きく出世しました。「立志塾」とただ、「立志塾」と入力するだけで800件以上の中の4番目に登場します!!! すぐ上に大宮立志塾が見える!!! 「ウォーーーーー」っと一人で興奮してしまった・・・
いつか一番上に来る日を私は信じている。
ところが、である。この立志塾のホームページの訪問者がどのように検索しているのか見てみると(検索した言葉がホームページ作成者だけには分かるのです。)誰も「立志塾」と検索して入って来ていない。←誰も「立志塾」で到達できると思ってねーーーーよ!!!っと突っ込みを入れたくなる状況である。
↓ 拡大して下さい。何とか見れます。

~ここ10日間の検索文字です。~
だれ一人として「立志塾」だけでホームページにやって来ていない!!みんな立志塾の後に何らかの言葉を付けて検索している。←ちょっと寂しい・・・
中には「色の配列 色鉛筆」などと全く立志塾と関係のない用語から入ってきている人がいる。←絶対に立志塾と全く無関係の人である。きっと「芸術関係で調べたいこと」があったのであろう。何となくクリックして「何だこれ??」っと一瞬だけ見てコンピューター左上の「戻る」をクリックしたに違いない。どこの誰なのか分かりませんが「がっかり」させてゴメンなさいね!!
そして、「さろん・ど・ちづこ」から入ってきている人も好奇心からクリックしたことは間違いないですね・・・
それにしても一人くらい「立志塾」で入ってきている人がいても・・・
これを見ているほとんどの皆さんは「お気に入り」にいれてくれていると思いますが、お知り合いの方に立志塾のホームページを教える機会があれば是非、「“立志塾”とだけ打てば上の方に出てくるよ!!」っと教えて下さい。
でも、考えてみれば検索してまで入ってきてくれている人が10日でこれだけいることはすごい!!っと一人で納得している塚越でした。
P.S

今日は差し入れありがとう!!! 他の卒業生も久しぶりに会いたいです!!暇があれば顔を見せに来てね!!!
2005年11月15日
音楽発表会へ

~6年生の様子です~
先週の土曜日の午前中は音楽発表会なるものを見に、牟呂小へ行ってきました。行ってみてわかったのですが、この会は午前10時ごろに始まり、昼には終わります。そして各学年が順番に発表をしていくのですが、待っている間はそれぞれの教室で授業があるようなのです。こんなところにも「ゆとり教育」の弊害からか、授業時間が十分に確保できないことが見て取れます。そして「音楽発表会」とは僕らの頃でいう「学芸会」のことで、これもまた劇や踊りなどをやると練習する時間が膨大にかかり、授業時間が削減されてしまうことからの苦肉の策のような感じがしました。
ただ、子供たちはそんなこととはまったく無縁で、5年生も6年生もそれはそれは立派に発表をしていました。特に5年生のボディパーカッションは面白いアイデアで、楽しそうなお祭りの雰囲気づくりに一役買っていました。また、6年生は宇宙にまで想いをはせる壮大なテーマで、これから前向きに進んで行こうという気持ちが十分に伝わってきました。また、歌のうまさはさすがだと思いました。日頃の練習の成果が十分に発揮できたことと思います。(ステージに上がった時に僕を見つけてくれたS.N君。気づいてくれてありがとう!)
僕らの頃は「学芸会」と言えば運動会と並ぶ一大イベントで、劇に歌、踊りと多彩な発表をしたものでした。低学年の頃には6年生が演じた「走れメロス」を見て、「6年生ってすごいなぁ」と感心したものでした。僕はと言えば、「浦島太郎」のくらげ役(しかもくらげその2!)や、「ブレーメンの音楽隊」のロバ役、「かさこ地蔵」の地蔵役など配役に恵まれ(?)いい思い出(?)が残っています。6年生の時は担任の先生のアイデアでパントマイムにも挑戦しました。(セリフがなくて楽だなっと思って参加しただけですけど…)とにかく楽しかったことを覚えています。
学校行事は、自分の新たな才能を見つけることができるイベントがけっこうありますよね。ぜひ積極的にいろんな役にチャレンジしてみるといいと思いますよ。僕もそこで演技に目覚めていれば、今頃…まあ妄想はこのくらいにしておきましょう。(金田)
2005年11月14日
ときには夜空を見上げよう

~orion~

~勇者オリオン~
12日(土)での牛久保校中3秋期講習では、理科で天体を学習しました。太陽と地球との関係、夜空の星座とその動きなどについて理解を深められたと思います。ただ、授業をしていて感じたことは、みんな意外と宇宙のことは知らないということでした。理科の一単元としてだけはなく、自分を取り巻く森羅万象(しんらばんしょう)の一部として、広い広い宇宙にも多少の関心を持ってもらいたいものです。
忙しい日常の中では、昼夜を問わず空を見上げるという行為を忘れがちですが、どんなときでも太陽は眩しく大地を照らしていますし、夜になれば月や数々の星座が空を飾っているのです。日常生活で些細なことでイライラしたり、問題解決に困窮したときには、空を見上げてみてください。視界が空模様に支配されると、悩み事など空に溶けて無くなっていくように胸がスーッとしてきます。また、あるのが当たり前の星座でも、それらを形作る星々をよく見ると明るい星なら肉眼でもキラキラ瞬(またた)いて見えます。これは月や金星などの、太陽の光を反射して輝く天体とは異なる恒星(自ら光り輝く天体)の特徴です。そんな景色にちょっと感動したりするのもいいんじゃないでしょうか。
ちょうどこれから時期は、星座が美しく見られる季節です。晴れた日であれば、漆黒の夜空の中に大きなオリオン座を確認することが出来ます。今日も午後11時頃には東の空にハッキリとその姿を現していました。
オリオン座を形成する星の中でも良く知られているのが、向かって左上のベテルギウス(赤)と右下のリゲル(白)ですね。この二つはとても明るい星なので良く分かります。ここで、この星たちについての雑学をどうぞ。
ベテルギウスは別名『平家星』と呼ばれ、その直径は太陽(地球の約109倍)の約650倍というほどの超巨星です。う~ん、デカ過ぎ...。ちなみにベテルギウスとは“脇の下”という意味があるそうです。右側の写真のオリオンの右脇の下にあるでしょ。
リゲルは別名『源氏星』と呼ばれ、その明るさは太陽の40,000倍以上というほどの輝きを放っています。う~ん、眩し過ぎ...。
また地球からの距離はベテルギウスが約500光年、リゲルが約700光年です。1光年(光が1年かけて進む距離)は約9兆5,000億kmですので、もう、遠過ぎて何が何だかよく分かりません(´~`;)。
最後に、オリオン座にまつわる神話をひとつ。
勇者オリオン(オリオン座)は海の神ポセイドンの子でした。大変に力のある猟師でしたが乱暴で困ったので、大地母神ガイアがさそり(さそり座)を使い、毒針で刺し殺してしまいます。その後2名とも天にあげられ星座となります。オリオン座は冬の間、空高いところで威張っていますが、さそり座が東の空から上るとこそこそと西の空に沈んでしまいます。さそりは名高い勇者オリオンを一撃で刺し殺したくらいですから、天にあがっても監視つきの身です。さそり座が天上で暴れた場合には、隣にいるケンタウルスのケイロン(いて座)が射殺すことになっているそうです。
(雨の日と冬の夜空が好きな中村でした)
2005年11月12日
HELP!!!

~4人はアイドルです!!~
最近、牟呂中3年の音楽の授業が楽しそうだ!!
「“BEATLES”の“HELP”をうたった。」「“ERIC CLAPTON”の“CHANGE THE WORLD”を今うたっているよ。」
んーーー、そんな授業に参加したい!!!!
「時々、先生の趣味って何?」と生徒に聞かれる。
私は無難に「歴史の本を読むことだよ。」「サッカーが好きだね。」などと答える。
勿論、「歴史」と「サッカー」なしで私の今までの人生は語れない。でも、やはりこれが一番である。ROCK'N'ROLL(60s~70s)である。こればかりは変えようがない。心が突然、欲してしまう!!
以前にも書きましたが、本当に好きなことは誰にも言う必要がない。誰かに言ったところで満足は得られない。人に「○○が好き!!」っと言っている時点でそれは趣味程度です。Maniaになると、むしろ多くを語りません。「自分の楽しみは自分だけで味わいたい!!」と感じるようになります。
今、「“BEATLES”や“ERIC CLAPTON”が私は大・大・大好きなのです!!」と書いている時点で私はManiaを卒業して趣味になってしまったのかな?? 以前と比べてちょっと冷静に考えられる自分を感じます・・・
さて、HELPを紹介!!!
1965年7月に元々は映画“HELP”のサウンドトラックとして発売されました。この5枚目のアルバム“HELP”の最初の曲がこの“HELP”なのです。つまり“HELP”は映画のタイトルであり、アルバムのタイトルであり、曲のタイトルであるのです。とにかく“BEATLES”の10枚目のシングルとしてアルバムより先に発売されているのです。
ちなみにこのアルバムはイギリスで計15週間(約4ヶ月)も1位を取り続けたのです。そしてこのアルバムを1位からひきずり降ろしたのが“BEATLES”の次のアルバムの“Rubber Soul”です。すご過ぎでしょ!!!
4枚目までのアルバムではほとんどが恋愛の曲ですが、この“HELP”を境目にして自己を見つめる曲が増えていきます。
“BEATLES”における思春期とでも言うべき曲がこの“HELP”なのです。この曲を手がけたJohn Lennon自身が後のインタビューでこう言っています。
「ライブのとき僕は本当に助けて!と叫んでいたんだ。誰も気づいてくれなかっただろうけど。ハードスケジュールの中で自分を見失い、肉体的にも精神的にも疲れていた僕は実際に助けを求めて叫んでいた。ほとんどの人はこれは、ただのアップテンポのロックンロールだと思ってる。僕もそのときはわからなかったよ。映画のために曲を書くように言われて書いただけだった。でも後になって自分は助けを求めて叫んでいたんだと気がついた。」
思春期の生徒諸君に照らし合わせてみると何となく共感できる部分があるのでは・・・
塚越なりの訳を付けておきました・・・
Help!I need somebody (助けて! 誰か助けて!)
Help!Not just anybody (助けて! 誰でもいい訳ではないけど・・)
Help!You know I need someone Help! (助けて! 分かるだろ! 誰かの助けが必要なんだ!)
When I was younger so much younger than today (僕が今より、ずっと若かった頃)
I never needed anybody's help in any way (誰の助けも全く必要など感じなかった。)
But now these days are gone (でもそれは今では昔のこと)
I'm not so self-assured (自分に自信が持てなくなった。)
Now I find I've changed my mind, (だから今では考え方を変えた)
and opened up the doors (そして心を開くようにしてるんだ)
Help me if you can I'm feeling down(できれば助けてくれ! 僕は落ち込んでいるんだ)
And I do appreciate you being round (そばにいてくれるだけでも感謝するよ)
Help me get my feet back on the ground(僕が立ち直るのに協力してくれ)
Won't you please please help me?(お願いだから僕を助けて!!)
んーーー、深い!! 曲ばかりはそれを聴いた人の感性で判断するものですからこれ以上のコメントは避けます。
ただ、自分の内なる心に問いかける時期こそが思春期です。最近、自学ノートで数多くの「悩み」を読みます。
John Lennonですら悩んだ! 塚越も悩んだ! 立志生諸君!!
大いに悩み、成長せよ!!!(塚越)
2005年11月11日
My generation ~小学校時代 後篇~

~卒業アルバムの最初のページ~
前回の続きです。ついに念願の2日目に進出。小学生の憧れの地「岩田運動球技場」の芝のコートで試合ができることになりました。歓喜の輪に加わりながらも、どこかこれで満足している周りの気持ちに疑問を抱いていました。今はこの余韻に浸ろうと自分に言い聞かせ、少しずつ自分の気持ちを納得させていました。でも心の中では「絶対に明日も二つ勝って優勝だ!」と心に秘めながら…
その日学校に戻ると、高学年の大多数はまだ学校に残っていて僕らの帰りを待ってくれていました。今でも忘れられない光景ですが、校舎の窓という窓から同級生や後輩たちが歓声とともに手を振るなか、僕らは誇らしげに拳を上に突き上げながら胸を張ってグラウンドを横切りました。その後全員で一礼。万雷の拍手。全てが夢のようでした。おそらく自分の生涯で最初に脚光を浴びた瞬間だったと思います。校舎に入ると校長先生をはじめ全ての先生方の出迎えを受け、こんな言葉をかけられました。
「本校始まって以来の快挙だ。良くやった。」
と。何かが違う。僕らの目標は市内制覇のはず!しかし、周りはもうこれで十分だと言わんばかりの反応でした。何かが違う…と感じながらその日は家路に着きました。家でも家族や近所の人たちは大騒ぎだったのを覚えています。
翌日は当時県4位の実力を持つ岩西小学校に1-0で惜敗。前半途中に僕のシュートが2本クロスバーに当たる不運があったものの、自力の違いを見せつけられた格好になりました。結果を言えば、僕らは前日の勝利で全てが終わったと思ってしまっていたのです。負けた瞬間僕は涙が止まりませんでした。(前回の写真は泣いた直後の顔なのでテンションが低そうな顔をしているのです。)
今となってはいい思い出ですが、当時の自分はその結果をなかなか受け入れることができませんでした。「俺たちはもっとやれたんじゃないか?」いつもそう考えていました。人はここまでで満足と思った瞬間に上を目指すことを自然と放棄してしまうものだと思い知らされました。僕らにとっては2日目に進出することが何となくいつしか最大の目標になってしまっていたのです。本当は1つの目標をクリアしてもさらに次の目標を設定することが大切なのにもかかわらずです。良く高校受験が終わるとそれで満足してしまい、なかなか高校での成績が伸びない人がいますね。いわゆる「燃え尽き症候群」ですね。人生はまだまだこれからです。何か自分なりの目標が達成できたら、次の目標を常に設定し続け努力を重ねて欲しいと思います。それに決してゴールなんてないと思います。僕らもみんなと同じく、日々常に自分の目標に向かって努力を続けられる人間でいたいと思います。(当時の背番号は7番の金田です。)
2005年11月10日
正しい日本語は漢字から

~漢検協会主催です~
昨日の小6国語の授業で辞書に関する内容を行いました。みな“my国語辞典”は持っているということでしたが、日常生活の中で辞書をひくという行為は少ないようです。私はこんな仕事柄、気になる言葉の意味はすぐに調べるようにしているのですが、よくよく考えてみると、最近は辞書を手にして調べるのではなく、パソコンの画面上で検索していることがほとんどです。う~ん、いかにパソコンに依存して暮らしていることか....。
パソコンへの依存と言えば、メールやワープロソフトによる“書く”作業の消滅も否めません。肉筆による手紙の温かさや書き手の個性を感じさせる楽しさもさることながら、正しい漢字を調べる行為をも奪われてしまいます。
もちろんコンピューターの変換キーを押せば、何の苦労もなく漢字を探し出してくれますが、数ある選択肢の中からその状況に適合したものを選択するのは、他でもない書き手自身の脳なのです。「鑑賞」なのか「観賞」なのか?「時期」なのか「時機」なのか?はたまた「収める」か「納める」か「治める」か「修める」なのか?・・・・・。パソコンの恩恵を受けつつも、自ら調べ学ぶことでしか正しい漢字力は身に付かないという結論に帰するようですね。
私は常々生徒たちにこう言います。「アルファベットと違って、漢字には意味がある。ただ暗記するだけでなく、意味とその漢字が使われている言葉を、出来るだけたくさん知っていこう」と。
昨日の塚越先生の日記にあったように、立志塾では漢字検定を受検できるようになりました。我々の母国語の表記に使われる漢字です。出来るだけ多く覚え、使えるようにしたいものです。そして、より豊かな表現力のある文章を書ける力をつけてもらえれば、と思います。
余談ですが、皆さんは漢字検定を実施している漢検協会(財団法人 日本漢字能力検定協会)が主催するコンテストがあるのをご存知ですか?その名も、『変漢(変換)ミスコンテスト』です。誤った漢字変換によるオモシロ文のコンテストです。ここに受賞作をいくつかご紹介します。生徒のみんなは、こんな間違いをしないでね。
年間変漢賞
正:今年から海外に住み始めました⇒誤:今年から貝が胃に棲み始めました
月間変漢賞
正:500円でおやつ買わないと⇒誤:500円で親使わないと
正:誰か、ビデオとってるやついないか!?⇒誤:誰か、美で劣ってるやついないか!?
正:生ごみが散乱しています⇒誤:生ごみが産卵しています
正:規制中で渋滞だ⇒誤:寄生虫で重体だ
正:大阪の経済波及効果⇒誤:大阪の経済は急降下
(それでもパソコンなしでは生きていけない中村でした)
2005年11月09日
漢検準会場取得!!!

~今度は漢検だ!!!~
昨日、立志塾が漢検の準会場の資格を取得しました。
思い起こせば今年の4月頃、何名かの生徒が「立志で漢検を受けられますか?」と自学ノートに書いてあったことを覚えている。英検のニーズがあることは十分に知っていたが、数年前までは漢検なんてほとんど聞かなかった。 私は正直、ニーズがあるのか疑問視していた。
ところが、である。どうやら生徒達に聞いてみると漢検は現在、英検と並んで多くの生徒達にとってチャレンジするのが当然!!!という状況になっているようである。 これはいかん!!! とにかく漢検について調べてみよう!!!っと気づくと漢検の準会場の申請をしていた。そして昨日、「文部科学省認定 財団法人 日本漢字能力検定協会」から準会場取得の連絡が入りました。ご丁寧に「もう塾生さんにお話をされてもいいですよ!!!」とまで言われました。
ということでお話します。
まず、漢検の実態から説明します。
平成12年度に68万人だった受験者が平成17年度には223万人にまで急増しています。
やはりここ最近、受験者が急増している。異常ともいうべき受験者の増加!!!これは何か要因があるはずだ!! 調べてみました。
⇒OECD(経済協力開発機構※ヨーロッパ及び北米のいわゆる先進30カ国)加盟国は学習到達度調査を毎年行っています。各国の高校1年生のそれぞれの母国語に対する読解力の調査で日本はかつて上位を推移していたものが2003年度には14位まで下がってしまいました。
⇒これに対して文部科学省を中心として学習指導要領全体の見直しだけに留まらず、母国語の最も基本である漢字の学習を見直す動きが起こったようです。
⇒結果として現在、47都道府県すべての教育委員会が漢検の受験を推奨する状態になっています。
⇒高校入試の時に英検同様の評価をされます。内申書に記入される様です。
⇒大学入試では多くの大学(国公立を含む)が入試の時に何と「優遇評価」の対象としています。
⇒一部の高校では単位の一部として扱われています。
⇒今後もこのような動きは加速していくと考えられています。
などなどです。
以上、客観的なデータ中心に書きましたが塚越個人の意見も・・・
①英検同様に具体的な目標があるから努力ができる。
⇒何となく漢字を勉強するよりは漢検という目標を目指すことで行動がより具体化される。身近な目標と達成感の繰り返しは効率よく学力する基本ですね。
②日本語です!!
⇒英検は講習なしで独力で学習するのは厳しいのが実態です。でも、漢字は日本語です。習っていようがなかろうが日本語なのです。英検と比べて圧倒的に独力で学習がしやすい!!
③やはり全ての学問の基礎・基本は漢字
⇒私は社会を教えていてテスト直前に生徒がしてくる質問に時々驚きます。それは社会ではないのです。「先生、この漢字ってどうやって読む?」「この漢字の意味が分からない!!」なんてのが多いですね。他の教科でも通ずるところがあるように感じます。いかがでしょう?
漢字検定は2月10日(金)が立志での受験日です。申し込みは11月の下旬から各クラスで配布していきます。小学生も勿論チャレンジできます。学習教材は「日本漢字能力協会」が推奨しているものを立志塾を通して購入することができます。※勿論、自分で購入してもらっても全く構いません。正規の受験費用以外は一切頂きません。又、英検同様、塾生以外の受付はしません。
※詳細は後日配布する申し込み用紙をご覧下さい。
さてさて、どのくらいのチャレンジャーが登場するのでしょうか??(塚越)
P.S
立志のトップページに漢検のホームページへのリンクを付けてあります。そこからご覧頂くと詳細が分かります。
2005年11月08日
My generation ~小学校時代 前篇~

~スポーツ豊橋に載ったの集合写真です~
先週の中村先生の立志だよりにあったように、先週は豊橋市内で一斉に球技大会が行われました。立志塾の生徒もバスケットやサッカーで活躍したのは写真や、自学ノートの中のコメントから良くわかりました。一生懸命にスポーツに取り組む姿はやっぱりいいもんですね。
僕が小学校6年生のこの時期はやっぱりサッカーに燃えていました。8月からサッカー部のキャプテンとして、今で言うボランチを担当していました。昔のことなので、遅い時間までの練習もうるさく言われず、7時8時は当たり前といった感じで毎日練習をしていました。特にこの年は春のバスケで2位に終わり中央大会に進めなかったという苦い経験があったため、ここで雪辱を期す気持ちが全員の心の中を支配していました。ボールには「根性」とか「必勝」とか書いて、休みの日も自主トレをするようなやる気に満ちた集団でした。当時はまず全小学校が3校から5校程度のブロックに分かれ、ブロック大会を行い、勝ち上がった16校が中央大会に進むというシステムでした。僕の小学校が所属していたのは第3ブロックで、5校中1校しか勝ち残れないという厳しいブロックでした。(普通5校所属するブロックは2校勝ちあがれるという規定でしたが、新しくできた小学校のおかげで田舎の僕らのブロックがとばっちりを受けた格好でした。)ただ、僕らの学校は比較的強かったので、ブロック大会は順当に全勝で勝ち抜きました。その後行われる中央大会は、東田小学校と岩田の運動公園の2ヶ所で行われることになっていました。どうせやるならやっぱり僕らは芝のグラウンドでやってみたいと思っていましたが、くじ運悪く初日は東田小学校になり、1回戦、2回戦を勝ち抜かないと翌日に進めず、岩田運動公園でも試合ができないことになってしまいした。1回戦の相手は吉田方小学校。PK戦の末辛くも勝利(なんとPKのスコアは2対1という、緊張でみんな外しまくりでした。)2回戦は強敵東田小学校。相手はいわゆるホームで応援も多く、しかも練習試合では一度も勝ったことのない相手でした。しかし試合終了間際、コーナーキックからのボレーで得点をあげ、それを守りきっての勝利でした。とにかく必死でやり、無心でつかんだ勝利でした。感極まって泣いてる奴もいたし、大声で走り回る奴もいました。ただ、僕だけは翌日のことを考えていました。《後編へ続く…》(さて僕はどこでしょう?金田でした。)
2005年11月07日
日々鍛錬也

~やっぱり捨てられません~
個人的なことですが、一週間後に引越しを予定しているため、現在我が家はダンボールに占拠されています。今朝も早くから粗大ゴミを処分して来ました。まだ使えるのじゃないかな、なんてためらってしまうほどの自称ケチな私ですので、モノを捨てるときには多少の勇気を擁します。そんな調子ですので、捨てるに捨てられないものも多くなります。
荷物の整理をしていると、その中からいくつもの懐かしい品々が出できました。その1つが写真の盾です。私が小学生時代にやっていた少年野球の、ある大会でいただいたものです。
小4~小6まで所属した軟式少年野球チームでの経験は、私にとって礼儀作法やチームワークを徹底的に植え付けられ、健康なからだ作りの土台になり、今の私の心の血となり肉となった貴重なものです。毎週日曜日は、早朝から練習や試合があり、きちんと挨拶することは勿論のこと、集団において勝手な行動は許されません。はっきり言って厳しかったです。また監督が怖い人で、練習中に監督の運転する車がやって来るのが見えると、“あ~あ、来ちゃったよぉ~”とブルーな気分になったものです(ちなみにこの監督は、豊橋少年野球連盟の会長を務められていました)。
それでも、野球が上手くなっている実感があるとつらくても続けられました。忍耐力、継続力、判断力など、その後の人生に必要となる能力の多くをこの時期の少年野球から教わったような気がします。そしてこの盾だけでなく、当時得ることの出来た仲間との出会いは宝物となっています。
現在の私は野球のユニフォームを着ることはありませんが、立志塾でネクタイを締めて生徒の前に立っています。先述の忍耐力、継続力、判断力は学習にも必要です。礼儀ある人間づくりとともに、受験を通じて成長と自己実現を肌で感じてもらいたいと思っています。そして、あくまでも塾は学生時代の通過点に過ぎないかも知れませんが、生徒諸君の心の血となり肉となって宝物になってもらえたら、こんな幸せなことはありません。
(これでも強肩キャッチャーだった中村でした)
2005年11月04日
合唱コンクール

~ライフポート大ホール~
先週は羽田中で、来週は牟呂中で合唱コンクールがライフポートで行われるようです。特に3年生にとっては、中学校生活最後の大きな行事ということもあって、各クラスで連日朝練や夕方の練習に余念がないようです。みなさん悔いのないようにがんばって下さいね。
ところで合唱コンクールと言えば南陽中学校と言われるほど、僕が中学校の頃は我が母校では合唱がさかんでした。まだ開校して5年目程度の中学校だったので、何か特色を出そうということで、音楽のO先生やK先生を中心に合唱に力を入れているのが良くわかりました。その象徴として作られた校歌はなんと混声三部合唱でできており、作曲は「夢の世界を」や「遠い日の歌」などの作曲で有名な橋本祥路さん。作詞は中日新聞に毎日連載されている「今日の言葉」を書いていらっしゃる岡井隆さんという豪華布陣でした。もちろん今でもしっかりと3番まで歌うことができます。(ただ、男性パートなので、一人で歌うと結構まぬけですが…)また、何故か入学式や卒業式などの大きな行事には「大地讃頌」を必ず全校で混声四部合唱をし、僕らが中3の時の学年の曲は「いざ立ていくさ人」でした。(これまた全部歌うことができます。)とにかく合唱ばかりでした。当時は音楽の時間は週に3回あり、僕はこの時間が体育と同じくらい楽しみでした。実は小学校の時は歌は苦手で、先生にも良く注意されていたことがありコンプレックスに感じていました。ところが中学校に入りO先生と出会うと、歌うことの楽しさを教えてもらい合唱へとのめり込んでいきました。とにかく下手でも大きな声で歌うことと、例え音楽の時間にやる何気ない一曲でも徹底的に練習する姿勢が特徴的な先生でした。(ちなみにO先生は男の先生です。)授業前は早く音楽室に移動して、授業後はギリギリまで音楽室に残ってO先生と友人たちと「あの曲弾いて!」などとお願いして歌ったものです。(ここらへんのことは中3当時担任だったT先生が良くご存知だと思います。牟呂中の子は聞いてみて下さい。)もちろんこんな調子でしたから合唱コンクールは燃えましたよ。(中3の時の課題曲はなぜか谷村新司の「昴」でした。)結果も覚えています。7クラス中4位で悔しい思いをしましたね。ただクラスの全員が一致団結して物事に取り組んだ素晴らしさも強く心に残っています。みなさんもこんな感覚になっている人もきっとたくさんいますよね。いい経験をしていると思います。来週の牟呂中の合唱コンクールはぜひ見に行こうと思います。今から楽しみです。(金田)
※あまり感情を表さない僕ですが、3年間教えてもらったO先生の最後の授業が終わった後、「3年間ありがとうございました」と頭を下げ握手をしてもらった瞬間、涙が止まらなかったのを覚えています。
2005年11月03日
18年前

~日本青年館(新宿区)~

~朝日新聞東京本社(中央区)~
昨日の塚越先生の日記は面白かったですね。クリープをそのまま口にしていたとは....。人に歴史ありです。ちなみに私が大学生の頃は、ちょうどバブルがプチプチ弾けていましたけど....。
今回、塚越先生に便乗して中村の懐古シリーズとさせていただきます。
さて、今日は文化の日です。文化の日というと、私には忘れられない記憶があります。
それは、今から18年前にさかのぼります。私は小学6年生でした。その年、たまたま私の通っていた小学校が全国健康優良校に選出され表彰されることになったのです。そして当時たまたま児童会の役員を務めていた私が、学校代表として表彰式に出席することになりました。場所は東京。校長先生と二人で(さぶっ)新幹線に乗って行ったのを覚えています。
最初に到着したのは日本青年館でした。すぐ近くには国立競技場や神宮球場があり、コンサートや演劇の公演が行われることで知られている施設です。そこでは、私と同じように日本各地から表彰式に出席するために集まった学校代表の子たちと、学校の特色を発表し合ったり、バンドの演奏を鑑賞したりして、楽しい時間を過ごしました。そしてこの日本青年館で一泊しました。
翌日、ときは昭和62年(1987)11月3日、文化の日です。私たち一行は表彰式と祝賀パーティー出席のために朝日新聞東京本社へ連れて行かれました。そこでの表彰式、そして記念撮影の後、祝賀パーティーへと流れていったのですが、そこでの来賓が、なっなんと皇太子ご夫妻だったのです!!昭和62年ですから、現在の皇太子ご夫妻ではなく、現在の天皇皇后両陛下なのです!!
正直言って、当時の私は皇太子ご夫妻が何者であるか、全く理解していませんでした。ただ、その場にいる大人の誰もが敬意を表し、小中学生たちが群がっていましたので、大層有名な人たちなんだな、という程度に思っていたまでです。
そして、その時が来ました。前日仲良くなった子たちと一緒にお二人のそばまで近づき、どさくさ紛れに手を差し出したら、殿下が握手をして下さったのです!!!!愛知の片田舎のサラリーマンの息子と皇族が触れ合った歴史的瞬間でした。大袈裟ですが、後になって考えれば、一生に一度あるかないかの経験をした訳です。その後、このことが卒業文集の題材になったのは言うまでもありません。このことだけはいまだに塚越、金田両先生から羨ましがられる私の自慢です。
別に私自身が何かに優れていたのではありません。偶然に偶然が重なって、このような体験を得ることが出来ました。ただ、児童会の役員をやっていなければこのチャンスは自分のところにやって来なかったでしょうから、何でも地道に努力していればいい事があるんだなぁ、と小学生ながら思ったことが懐かしいです。
立志生のみんなも、学級活動、生徒会活動、はたまた地域のボランティアや子供会行事への参加など、積極的に能動的に行動して活躍してくださいね。家でゴロゴロしていては得られない経験や、発見、そして何よりも一生の財産となるような出会いが待っているでしょうから。
(体型から健康そうに思われる中村でした)
2005年11月02日
My generation ~大学時代篇~

~bubble~
今回は塚越の懐古シリーズ第一弾!! さて、大学時代にタイムトリップ!!
時は中3生諸君が生まれる少し前の頃。私が大学に入学した頃、世は“バブル”と呼ばれていた。株価は連日最高値を更新し、地価は青天井の如く高騰していった。マスコミは連日、「バブルだ! バブルだ!! 世の中金がジャブジャブだ!!」 “ええじゃないか”の如く大はしゃぎしていた。
金余りの時代、投資の時代。今、儲かってない奴なんていない!!っとマスコミは断言していた。あの異常とも言える熱気に満ちた雰囲気は一体何だったのだろうか?
実際、私の同級生には株で儲けて学生の癖にベンツを乗りまわしているもの。マルチまがいの商売をしているもの。毛の付いた扇子を片手に毎日踊っている女子大生達が溢れかえっていた。
私はマルチまがいの商売をしていた学友に突然呼び出され、「ねえ、ベンツに乗りたくない? 仲間にならないか?」っと誘われたことがある。私は、「乗りたくねーよ。」っと2秒後には席を立っていた。今思うと「何かが違う・・・」こんな違和感を常に持って日々を過ごしていたことをはっきりと覚えている。
そんな時勢に、私は極貧だった。絵に描いたような貧乏学生であった。バブルってどこ? 私にはバブルガムを買うのが精一杯だった・・・
こんなことがあった。とある夜中のことである。「うーーー。腹が減った。でも、お金がない・・・」⇒冷蔵庫を開けると下の方に2つの黄色い物体を発見!! 1つは“キムコ”である。あの三角形の冷蔵庫の脱臭剤は一体どこに行ったのか?? どこの家庭の冷蔵庫にもこっそりと潜んでいたはずだ!!! 謎である。勿論、食べられない。すると横に“クリープ”発見!! コーヒーに入れるあの黄色いラベルの何とも心温まるデザインのクリープを発見!! ふたを開ける時に独特の音を発したあのクリープはまだ売っているのだろうか??
私はそっとスプーンで一口。←うまい!!! これはいける!!!っと気づくと一瓶すべて食べて尽くしてしまった。翌朝、強烈な吐き気をもよおし全部出してしまったことは痛い思い出である。(クリープのライバルであった“マリーム”はそのまま食べるとなぜか苦かったことも私は知っている。)
そんな極貧な私をも含めて世間は我々世代を容赦なくバブル世代と呼んでくれた。私にとっては迷惑極まりない言葉だった。私は周りの大学生と同じように思われることに強い嫌悪感を抱いていた。
今の中3生諸君はきっと「ゆとり世代」とでも呼ばれるのだろう。「団塊の世代」があり「バブル世代」があり、そして「ゆとり世代」。でも、人間は世代を超えて普遍的なものを持ち合わせているはずである。
我々立志塾は小さくてもいいから破裂しない強固な集団であり続けたい。 そして、立志生諸君が「世代を超える自分」を持ち続けてくれることを私は願う。(塚越)
2005年11月01日
今、そこにある壁

~超えていけそれを!~
人生にはいくつもの超えなくてはならない壁があります。また、それはしばしば、その人にとって超えられる分しか与えられないと言われたりします。今、それぞれの立場で大きな壁に直面している子が立志塾にも多くいると思いますが、きっとそれは自分が超えられる分を与えられているんだ!という気持ちを支えにがんばって欲しいと思います。
そうはいってもなかなか困難にぶつかると、その先に向かって一歩が踏み出せないことがあるのも事実です。それはいったいどんな心境になった時なのかを考えてみましょう。
①一生懸命やっても結果が出ないからやっても無駄
→こんなことを言う子がいますね。もちろん物事は結果も大事ですが、そこに至るまでの過程が次のステップで生かされることが多くあります。失敗もまた、成功への道程の一部です。先日の中間テストの時に、テスト前日の深夜に全ての勉強を終えたある中3生の子がこんなことを僕に言いました。「明日のテストはどうなるかわからんけど、もし結果が悪くてもこれだけがんばることができた自分に今誇りが持てるよ。先生ありがとう!」
素晴らしい一言でした。時には波のある子ですが、よくここまでの心境にたどりついたと思います。この子にとってこの気持ちは何事にも変えがたい生涯の宝になると思います。みなさんもぜひこんな気持ちになるまでがんばってみたらどうですか?
②今からやってももう遅い!
これも定期テスト前の中学生や受験が迫ってきた中3生は口にしそうですね。物事に取り組むのに早いや遅いはありません。ましてみなさんのようにまだ若い子たちはなおさらでしょう。60才になっても新たな能力を身に着けようと努力されてる方も多くいます。もちろん僕ら立志塾講師も毎日が成長の日々です。やると決めた瞬間がその人にとってのスタートです。それに早い遅いはありません。
③自分だけが…
そんなことはありません。みんなそれぞれの道で努力しています。少なくとも立志塾はそんな子の集まりです。また、みんなの周りにはきっと自分にとって支えてくれるスペシャルな人がいるはずです。それは幼なじみやクラスメイト、ご両親や兄弟、学校の先生、我々立志塾の講師などなど。自分が今一人で悩んでいると思ったときは、そんな人の顔や言葉を思い出してみて下さい。きっとその心や気持ちが自分のそばにいることを実感できると思います。一人で乗り越えられないことも、誰かと一緒なら乗り越えられるはずです。そんな仲間を信じて、がんばっていきましょう。
ありきたりですが、あるアーティストはこう歌っています。
「難しく考え出すと結局全てが嫌になって 逃げ出したくなるけど
高ければ高い壁の方が 登ったとき気持ちいいもんな
まだ限界だなんて 認めちゃいないさ」
ぜひこれからもがんばりましょう!(金田)