2006年09月28日
鉄人危うし!! 〔中村〕

[~これが食事では....~
今週の月曜日、牟呂校中学部の授業開始時から腹部に違和感がありました。“オレ、さっきから胃が痛いんだわ” “先生、ストレス、ストレス”なんて会話を生徒たちとの間で交わしていたものの、その痛みは増すばかり。私はこの時、自身が風邪をひいていることなんて想像もしていなかったのです。
実はこの日、授業と授業との間のわずかな時間に私がトイレに駆け込んでいたことなど、誰も知らないでしょう。これがその後の苦悶の時間の前触れだったとは....。
更に、この日牟呂校の授業に参加していた牛久保校の生徒を車に乗せ帰宅させた後、さて自分も帰ろうと牛久保校を後にした直後、ビッグウェーブ第二弾が!!急遽Uターンし牛久保校のトイレで“何じゃこりゃ~!!!!”
下品な内容ですみません。でも事実なので.....(-_-)
この日の夜は終わりの見えない腹痛と走り続ける悪寒に苦しめられ、ほとんど眠ることが出来ず翌朝を迎えてしまいました。
火曜日の胃腸の調子は最悪。食べたところで結果は分かっているので、苦しみを回避するために“流動食”として栄養ドリンクとゼリー飲料で飢えをしのぐほかに手段が見当たりませんでした。
それに加えて、発熱と風邪による関節・筋肉痛により、仕事中は立っていても座っていても腰からふくらはぎにかけて痛みが走るのです。
それでもそこは自称『鉄人中村』(立志塾始まって以来、一度も欠勤がない)。何とかこの日はやり切りました。帰宅後、妻の作ったおかゆを恐る恐る口にしながら、とっとと就寝したのでした。
そしてこの原稿を書いているのが水曜日。発熱と節々の痛みは沈静化したものの、胃腸の具合が一向に改善しません。まともに食事すらとれていないにも関わらず、1日のトイレ使用回数で新記録を樹立しようかという勢いなのです(やっぱり下品ですみません)。
たまりかねて薬局に行き、パートと思われるおばちゃんに勧められた薬を購入、服用しました。これで全快となってくれればいいのですが.......。
これを機に、ようやく長袖・長ズボンで寝るようになった私です(遅いっちゅうねん)。
2006年09月26日
21年ぶり〔金田〕
先週の土曜日に小学校の同窓会があった。卒業した年から実に21年の月日が流れている。
成人式の時に出会った奴や、その後、ばったり出会った奴もいるが、これだけの人数と顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだった。
(こんな中途半端な時期にもかかわらず、ほぼ半数が出席していた。また、当時の担任の先生方も全員がお忙しいなかご出席いただけた。)
久しぶりの再会なので、実は「なじめるかなぁ」と一抹の不安があり、約束の時間が迫ってくると、柄にもなく緊張してる自分がいたりして…
ただ、会場に入るやいなや、幹事のハルミが後ろからとび蹴りとともに「久しぶり!」と声をかけてくれ、その不安はふっとんだ。
中の様子を窺うと名簿がすぐ後ろだったタカちゃんがいた。
その隣には4年生から6年生までお世話になったI先生がいらっしゃった。
その前にはエイジやケンボウがいた。
すぐに会話に花が咲いた。
良く見れば、ケンタもいる。ムネキもいる。モックンもハセドンも…
しばらく会話を続けていると先生から「会話のレベルが小学校の時からあんま変わってないぞ!」と手厳しい(?)お叱りを受けた。
先生の家へ毎週のように遊びに行っていたこと
サッカー部で中央大会3位に入賞した時のこと
先生が怒って1日中口をきいてくれなかったこと
次々と思い出されるあの日のできごとを話すたびに、みんながあの頃に戻って、何の違和感もなく話すことができた。
もう一人の幹事のオカノは一級建築士だって。
ヨシヤスは筑波で研究まがいのことをしてるらしい。
ヒトミはいっちょまえに接骨院の院長だってさ。
ヒロキは自分で店を開いたらしい、タミちゃんは保育士、トモタンは車のディーラーで働いてるって。
何故か今日の会を仕切っていたアッキーは相変わらず郵便局でがんばってるって話してた。
新聞屋のタカアキは最初は誰だかわからないくらい太ってびっくりしたけど、話してみたらあの頃と同じよく笑ういい奴だった。
何にも変わってなかった。ほかにもいっぱいいっぱい話をした。すばらしい時間だった。
「一期一会」
「山上宗二記」の中の「一期に一度の会」から》茶の湯で、茶会は毎回、一生に一度だという思いをこめて、主客とも誠心誠意、真剣に行うべきことを説いた語。転じて、一生に一度しかない出会い。一生に一度かぎりであること
僕らは二十数年前に偶然出会った。6年間ずっと同じ学校に通った。
勉強もした、部活もがんばった、時には泣き、時には喧嘩もした。
そして今こうしてみんなで集まって語り合うことができる。こんな幸せなことはないと思う。
そして、ひとつひとつの出会いを今後も大事にしていかなければと強く思い直した。
土曜日はみんなから大きな感動と、新たな勇気をもらった。またみんなと再会するときも胸を張って馬鹿話ができるような人生を送りたい。
いろんな素敵な人たちと出会うことができるなら、長く生きるのも悪くはないな…
今回これなかった人たちへ。
コウチャンは広島にいるんだってな。今度は正月にやるよ。ぜひ来てね。
ナオキは今どこにいるんだ?連絡くれ。
フジイは海外にいるらしいじゃんか。まだいたずらグセは残ってるのか?
カワグチは結婚したらしいね?うまくやってるか?
他にも今日来れなかった人たち全員と次は会いたいな。
当時の担任の先生が「卒業生の同窓会に呼ばれるとき。これは教師冥利につきます。」とおっしゃった。
もう50歳近いのに会の間じゅういろんな席を飛び回ってた。ほんとにうれしかったんだと思う。
そして今、僕は、その先生と同じ立場でもある。卒業生がたくさん声をかけてくれるような講師になりたい。
いつまでも生徒と楽しく接していられるような存在になりたい。
雲の上のような存在でなくていい、そこにくればいつでも会える、いつも変わらない、そんな存在になりたいと思った。
成人式の時に出会った奴や、その後、ばったり出会った奴もいるが、これだけの人数と顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだった。
(こんな中途半端な時期にもかかわらず、ほぼ半数が出席していた。また、当時の担任の先生方も全員がお忙しいなかご出席いただけた。)
久しぶりの再会なので、実は「なじめるかなぁ」と一抹の不安があり、約束の時間が迫ってくると、柄にもなく緊張してる自分がいたりして…
ただ、会場に入るやいなや、幹事のハルミが後ろからとび蹴りとともに「久しぶり!」と声をかけてくれ、その不安はふっとんだ。
中の様子を窺うと名簿がすぐ後ろだったタカちゃんがいた。
その隣には4年生から6年生までお世話になったI先生がいらっしゃった。
その前にはエイジやケンボウがいた。
すぐに会話に花が咲いた。
良く見れば、ケンタもいる。ムネキもいる。モックンもハセドンも…
しばらく会話を続けていると先生から「会話のレベルが小学校の時からあんま変わってないぞ!」と手厳しい(?)お叱りを受けた。
先生の家へ毎週のように遊びに行っていたこと
サッカー部で中央大会3位に入賞した時のこと
先生が怒って1日中口をきいてくれなかったこと
次々と思い出されるあの日のできごとを話すたびに、みんながあの頃に戻って、何の違和感もなく話すことができた。
もう一人の幹事のオカノは一級建築士だって。
ヨシヤスは筑波で研究まがいのことをしてるらしい。
ヒトミはいっちょまえに接骨院の院長だってさ。
ヒロキは自分で店を開いたらしい、タミちゃんは保育士、トモタンは車のディーラーで働いてるって。
何故か今日の会を仕切っていたアッキーは相変わらず郵便局でがんばってるって話してた。
新聞屋のタカアキは最初は誰だかわからないくらい太ってびっくりしたけど、話してみたらあの頃と同じよく笑ういい奴だった。
何にも変わってなかった。ほかにもいっぱいいっぱい話をした。すばらしい時間だった。
「一期一会」
「山上宗二記」の中の「一期に一度の会」から》茶の湯で、茶会は毎回、一生に一度だという思いをこめて、主客とも誠心誠意、真剣に行うべきことを説いた語。転じて、一生に一度しかない出会い。一生に一度かぎりであること
僕らは二十数年前に偶然出会った。6年間ずっと同じ学校に通った。
勉強もした、部活もがんばった、時には泣き、時には喧嘩もした。
そして今こうしてみんなで集まって語り合うことができる。こんな幸せなことはないと思う。
そして、ひとつひとつの出会いを今後も大事にしていかなければと強く思い直した。
土曜日はみんなから大きな感動と、新たな勇気をもらった。またみんなと再会するときも胸を張って馬鹿話ができるような人生を送りたい。
いろんな素敵な人たちと出会うことができるなら、長く生きるのも悪くはないな…
今回これなかった人たちへ。
コウチャンは広島にいるんだってな。今度は正月にやるよ。ぜひ来てね。
ナオキは今どこにいるんだ?連絡くれ。
フジイは海外にいるらしいじゃんか。まだいたずらグセは残ってるのか?
カワグチは結婚したらしいね?うまくやってるか?
他にも今日来れなかった人たち全員と次は会いたいな。
当時の担任の先生が「卒業生の同窓会に呼ばれるとき。これは教師冥利につきます。」とおっしゃった。
もう50歳近いのに会の間じゅういろんな席を飛び回ってた。ほんとにうれしかったんだと思う。
そして今、僕は、その先生と同じ立場でもある。卒業生がたくさん声をかけてくれるような講師になりたい。
いつまでも生徒と楽しく接していられるような存在になりたい。
雲の上のような存在でなくていい、そこにくればいつでも会える、いつも変わらない、そんな存在になりたいと思った。
2006年09月25日
進化は続く 〔中村〕
立志塾牛久保校が満2歳の誕生日を迎えるまで、残り2ヶ月余りとなりました。この間、生徒たちにとって通い易く、学び易い環境であるために幾度となく教室内の改造や設備の充実を図ってきました。
そしてこの度、牛久保校の“進化”がまた新たな表情を生み出しました。
進化その①『化粧直し』
2年前、現在の牛久保校が始動する前から看板の枠や柱には、多少の錆(さび)が付着していました。そして時間の経過とともにその色合いも鮮やかさを失っていました。そこで、ペンキで塗り直したのです。併せて外壁の黄色も塗りました。
その結果、立志の顔は瑞々しく輝き、より強い精気をもって南大通にその存在感を発してくれています。

~ピカピカのテカテカです~
進化その②『看板2号』
塾の顔と言えば看板。人間の顔同様、綺麗に塗ったたげではなく、目鼻立ちもハッキリしていた方が目立ちますね。そこで、これまで正面からでしか確認することが出来なかった建物正面の横長看板に加え、新たに縦長看板が誕生しました。 デザイナーは私。白地に浮き立つ文字や図形はスッキリと目に映る良い出来映えだと思います。
これで南大通を通行中の歩行者や車のドライバーからは、近所にあるコンビニの看板並に発見率が高まったことでしょう。

~石灯篭との調和もナイス~

~離れた場所からも見えるでしょ~
そしてこの度、牛久保校の“進化”がまた新たな表情を生み出しました。
進化その①『化粧直し』
2年前、現在の牛久保校が始動する前から看板の枠や柱には、多少の錆(さび)が付着していました。そして時間の経過とともにその色合いも鮮やかさを失っていました。そこで、ペンキで塗り直したのです。併せて外壁の黄色も塗りました。
その結果、立志の顔は瑞々しく輝き、より強い精気をもって南大通にその存在感を発してくれています。

~ピカピカのテカテカです~
進化その②『看板2号』
塾の顔と言えば看板。人間の顔同様、綺麗に塗ったたげではなく、目鼻立ちもハッキリしていた方が目立ちますね。そこで、これまで正面からでしか確認することが出来なかった建物正面の横長看板に加え、新たに縦長看板が誕生しました。 デザイナーは私。白地に浮き立つ文字や図形はスッキリと目に映る良い出来映えだと思います。
これで南大通を通行中の歩行者や車のドライバーからは、近所にあるコンビニの看板並に発見率が高まったことでしょう。

~石灯篭との調和もナイス~

~離れた場所からも見えるでしょ~
2006年09月24日
久しぶり!! 写真館!!! 〔塚越〕
久しぶりの写真集です。

少し前になりますが南中の体育大会での一コマ。この2人はこの後のリレーで爆走してました。M.T君はアンカーでバトンをもらうと、私に向かって手を振りながらでも楽々と1位でゴールしていました。一方のW.Y君も獲物を捕らえるハンターの如く前を走る生徒を追い抜いていました。
一方、右の写真は南中名物のマスゲームの一場面。今年は練習時間があまり取れなかったようですが、カッコ良かったです。私が個人的に印象に残ったのは中3の女子があぐらをかいた状態で上半身だけをウニョウニョさせる動き(見た人であれば分かりますよね?)でした。あれは何を表していたのか、聞こう聞こうと思いながら時が流れています。誰か教えて下さい。


~ありがとうございました。めちゃめちゃおいしかったです!!~
これはつい先日のことです。中3のU.T君のお母さんが通常授業の直前に我々と中3生のためにたこ焼きを持って来ていただきました。しかも、自家製で焼きたて!!
中3生諸君と我々で一瞬で食べてしまいました!! ご家庭でこんなに上手にたこ焼きが作れるということに感心しました!!本当にありがとうございました。


続いて昨日は牛久保小学校の運動会に行ってきました。行ってきたと言っても自分の娘が出場する運動会ですので“父母としての見学”と言うことになります。
私の娘が白組でしたので一応白組を応援する気持ち(写真左)で見学しました。そして、特に深い意味はありませんが、自分が牛小に通っていたときと比べるとプールがめちゃめちゃ立派に感じましたので一枚パシャッと撮ってみました。


立志生達も元気一杯でした。君たちとは一年後、南中で会うことになりますね。不思議なもので小学校での6年生はとても逞しく立派に感じます。でも、中学校での中1生は実に小さくかわいらしく目に写ります。そして、この逞しく見える小6生達が来年、南中ではかわいらしく見えることになるはずです。
そして、私は来年もきっと今年と変わらない風貌で見学にやって来ることになるのです!!

少し前になりますが南中の体育大会での一コマ。この2人はこの後のリレーで爆走してました。M.T君はアンカーでバトンをもらうと、私に向かって手を振りながらでも楽々と1位でゴールしていました。一方のW.Y君も獲物を捕らえるハンターの如く前を走る生徒を追い抜いていました。
一方、右の写真は南中名物のマスゲームの一場面。今年は練習時間があまり取れなかったようですが、カッコ良かったです。私が個人的に印象に残ったのは中3の女子があぐらをかいた状態で上半身だけをウニョウニョさせる動き(見た人であれば分かりますよね?)でした。あれは何を表していたのか、聞こう聞こうと思いながら時が流れています。誰か教えて下さい。


~ありがとうございました。めちゃめちゃおいしかったです!!~
これはつい先日のことです。中3のU.T君のお母さんが通常授業の直前に我々と中3生のためにたこ焼きを持って来ていただきました。しかも、自家製で焼きたて!!
中3生諸君と我々で一瞬で食べてしまいました!! ご家庭でこんなに上手にたこ焼きが作れるということに感心しました!!本当にありがとうございました。


続いて昨日は牛久保小学校の運動会に行ってきました。行ってきたと言っても自分の娘が出場する運動会ですので“父母としての見学”と言うことになります。
私の娘が白組でしたので一応白組を応援する気持ち(写真左)で見学しました。そして、特に深い意味はありませんが、自分が牛小に通っていたときと比べるとプールがめちゃめちゃ立派に感じましたので一枚パシャッと撮ってみました。


立志生達も元気一杯でした。君たちとは一年後、南中で会うことになりますね。不思議なもので小学校での6年生はとても逞しく立派に感じます。でも、中学校での中1生は実に小さくかわいらしく目に写ります。そして、この逞しく見える小6生達が来年、南中ではかわいらしく見えることになるはずです。
そして、私は来年もきっと今年と変わらない風貌で見学にやって来ることになるのです!!
2006年09月19日
文化祭&体育大会〔金田〕
去る9月13日(水)には豊川南部中の文化祭、16日(土)には牟呂中の体育大会に行って来ました。こうして、普段とは違った生徒たちの様子を見るのもなかなかいいものです。また、こうした機会にいろんなご父母の方ともお会いすることができるのもいいですね。牟呂中ではたくさんのお母さん方とお話しすることができました。そんなに堅苦しい話でなく、ほんとに談笑といった感じで楽しい時間を過ごすことができました。(おかげでほとんど写真が撮れませんでした…)もちろん多くの生徒とも話すことができたのも良かったです。どちらの学校も学年、性別関係なく「先生!」と遠くから声をかけながら走ってきてくれてみんなありがとう。ちょっとした有名人になった気分でしたよ。(まあ牟呂中3のA.Kはちょっと大きな声で呼びすぎだったけど…かなり恥ずかしかった。)それではいくつか写真をご覧下さい。

中2の女の子たちです。ここでは廃油石鹸やろうそくを作っていました。聞くところによると、大人気でほとんど売れてしまったらしいですね。塚越先生には微妙な色のろうそくが後日届けられました。

続いては中3のY.W。メキシコ風の食べ物を次から次へと作っていました。みんなに混じってやるよと言っていたわりには、間違いなく中心になって仕切っていました。味の方は…これまた微妙でした。

ここではT.Mから危うく「しいたけ茶」を飲まされるところでした。僕はしいたけが大嫌いなので…その後「ウコン茶」をもらいました。こちらはなかなかおいしかったです。

遠すぎてわかりませんが、これから女子の「棒取り」が始まるところです。形相が女の子でない子がいました。K.SやT.Oの真剣さはちょっと怖かったです。遠くからやっぱりA.Kの叫び声が聞こえてきてました。

もっと遠くてわかりませんが、男子の「鈴割り」が始まるところです。K.Kの気合いが遠くまで伝わってきました。早々にやられたY.Sの残念そうな表情が印象的でした。(僕の隣にはお母さんと姉のWもいたので、3人で大声をあげてしまいました。)この間に中3のT.N、E.S、K.Sと中2のS.Kのお母さんたちとずっと話していました。(あるお母さんは言うこと聞かなかったらグーで殴ってもいいですからなんて物騒なことも言っていましたが…)
これからもこうした学校行事には迷惑にならない程度に参加していきたいと思っています。次は合唱コンクールですね。今から楽しみにしています。

中2の女の子たちです。ここでは廃油石鹸やろうそくを作っていました。聞くところによると、大人気でほとんど売れてしまったらしいですね。塚越先生には微妙な色のろうそくが後日届けられました。

続いては中3のY.W。メキシコ風の食べ物を次から次へと作っていました。みんなに混じってやるよと言っていたわりには、間違いなく中心になって仕切っていました。味の方は…これまた微妙でした。

ここではT.Mから危うく「しいたけ茶」を飲まされるところでした。僕はしいたけが大嫌いなので…その後「ウコン茶」をもらいました。こちらはなかなかおいしかったです。

遠すぎてわかりませんが、これから女子の「棒取り」が始まるところです。形相が女の子でない子がいました。K.SやT.Oの真剣さはちょっと怖かったです。遠くからやっぱりA.Kの叫び声が聞こえてきてました。

もっと遠くてわかりませんが、男子の「鈴割り」が始まるところです。K.Kの気合いが遠くまで伝わってきました。早々にやられたY.Sの残念そうな表情が印象的でした。(僕の隣にはお母さんと姉のWもいたので、3人で大声をあげてしまいました。)この間に中3のT.N、E.S、K.Sと中2のS.Kのお母さんたちとずっと話していました。(あるお母さんは言うこと聞かなかったらグーで殴ってもいいですからなんて物騒なことも言っていましたが…)
これからもこうした学校行事には迷惑にならない程度に参加していきたいと思っています。次は合唱コンクールですね。今から楽しみにしています。
2006年09月18日
BMI 〔中村〕

~月明かりに照らされながら走ってます~
明け方の肌寒い空気に驚かされるようになってきました。最近、どうもぐっすり眠れないのは体が冷えすぎているためなのでしょう。それは、未だに私が真夏時と同じタンクトップ姿で寝ているからでしょうか。
それも一因かと思われますが、確実に秋がやって来ています。木々の緑もやがて土色に染め上げられてゆくことでしょう。
さて、このブログでご無沙汰になっていたダイエット報告を久しぶりにしたいと思います。
そもそも、私がダイエットを決意したキッカケは、“カッコよく見られたい”からではなくて、“病気になりにくい体を手に入れたい”という理由からでした。開始当時は完全に肥満のカテゴリーに分類されていたために、5年後、10年後の健康に対して漠然とした不安を感じたのです。
ここで、ご紹介したい言葉があります。それは、『BMI(ボディ・マス・インデックス指数)』といい、人間の肥満度の判定方法のひとつとされているものです。算出方法は、【体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))】として求められます。判定結果は以下の通り。
18.5未満⇒やせ
18.5~25未満⇒標準
25~30未満⇒肥満
30以上⇒高度肥満
今年の5月、私のBMIは26.8でした。そして現在、24.5にまで下がりました。体重は-7kgです。8月の1ヵ月間のジョギングをさぼってしまったことを後悔していますが、まずまずの成果ではないでしょうか。もちろん、今後も継続してゆき、統計的にみて最も病気にかかりにくいとされるBMI22まで体重を落としていきたいと思っています。
食べないでやせるとか、サプリメントに頼るとか、そんな体に害のあることは私の食欲が許しませんので、食べたいものを食べながらシェイプアップしていきますよ!!


~高2のRさんありがとう。これでブリブリ汗を拭きます!!~ ~中1のTくんありがとう。1日1本を続けます!!~
2006年09月12日
現在時刻は…〔金田〕
現在時刻は23:45です。まだまだ塚コンの追試が行われています。次々の帰って行く子をしり目にまだまだ数名の子が帰れず奮闘しています。
「こんなにしつこくやらなくても…」
という声も聞こえてきそうですが、前回書いたように僕らに妥協はありません。しかも、多くの立志生は初めから合格点を上回り、合格していったわけですから。きっとこれを乗り越えて身につけたときに、その子たちの新しい可能性が広がるのです。明日は再び牟呂にて追試です。そして木曜日は牛久保で…まだまだ追試の行脚は続きます。
「こんなにしつこくやらなくても…」
という声も聞こえてきそうですが、前回書いたように僕らに妥協はありません。しかも、多くの立志生は初めから合格点を上回り、合格していったわけですから。きっとこれを乗り越えて身につけたときに、その子たちの新しい可能性が広がるのです。明日は再び牟呂にて追試です。そして木曜日は牛久保で…まだまだ追試の行脚は続きます。
2006年09月11日
検定いろいろ〔中村〕
現在、本年度第2回の英検と漢検の募集が締め切られようとしています。今回も数多くの挑戦者たちが名乗りをあげたことは、大変喜ばしいことです。本番までの40日余りの間、合格目指し頑張って学習してくださいね。
さて、日本国内には英検のようなメジャーなものから、一体誰が受験してるんだ、と思ってしまうものまで、数多くの資格検定が存在することは、かつてこのブログで書いたことがあります。
そしてこの度、新たな検定を発掘しました。その名も『妖怪検定』!!!!
これは、鳥取県境港市(さかいみなとし)で今年初めて実施されるものです。境港という街の名を初めて知る方も多いかとおもいますが、「ゲゲゲの鬼太郎」の生みの親である水木しげる先生のご実家がこの街にあることにちなんでいるのです。
何を隠そう、私はこう見えて妖怪に思い入れがあるのです。少年時代には自宅に妖怪に関する本が数冊あり、父親とよく妖怪談議に花を咲かせたものです(どんな親子だ)。
また、境港駅前から続く『水木しげるロード』は、今や鳥取県を代表する観光スポットで、私はここに立ち並ぶ100体余りの妖怪たちのブロンズ像に会いたいがために、境港へ旅行した経験もあるほどです。
その旅行時に味わった、山陰地方の持つ落ち着きのある風情を再び感じたいのと、当時建設中だった『水木しげる記念館』を訪れたくて境港市観光協会のホームページを覗いていたら、この妖怪検定を発見したという訳です。
“おおぉ~~。受験した~~~~い!!!!!!”
真っ先にそう思ったのは言うまでもありません。気がついたら観光協会指定の公式テキスト『水木しげるロードの妖怪たちⅡ』の通販を申し込んでいました。優柔不断な私には珍しい衝動買いです。
受験したい。しかし境港は遠すぎる......。こんなもののために貴重な休日を潰し、膨大な時間と交通費を使ってまで受験しようとしている私は何か間違っているのか。
これを読んでいる皆さんにとってどーでもいいことで悩んでいる今日この頃です。

~うーん、面白そう~
さて、日本国内には英検のようなメジャーなものから、一体誰が受験してるんだ、と思ってしまうものまで、数多くの資格検定が存在することは、かつてこのブログで書いたことがあります。
そしてこの度、新たな検定を発掘しました。その名も『妖怪検定』!!!!
これは、鳥取県境港市(さかいみなとし)で今年初めて実施されるものです。境港という街の名を初めて知る方も多いかとおもいますが、「ゲゲゲの鬼太郎」の生みの親である水木しげる先生のご実家がこの街にあることにちなんでいるのです。
何を隠そう、私はこう見えて妖怪に思い入れがあるのです。少年時代には自宅に妖怪に関する本が数冊あり、父親とよく妖怪談議に花を咲かせたものです(どんな親子だ)。
また、境港駅前から続く『水木しげるロード』は、今や鳥取県を代表する観光スポットで、私はここに立ち並ぶ100体余りの妖怪たちのブロンズ像に会いたいがために、境港へ旅行した経験もあるほどです。
その旅行時に味わった、山陰地方の持つ落ち着きのある風情を再び感じたいのと、当時建設中だった『水木しげる記念館』を訪れたくて境港市観光協会のホームページを覗いていたら、この妖怪検定を発見したという訳です。
“おおぉ~~。受験した~~~~い!!!!!!”
真っ先にそう思ったのは言うまでもありません。気がついたら観光協会指定の公式テキスト『水木しげるロードの妖怪たちⅡ』の通販を申し込んでいました。優柔不断な私には珍しい衝動買いです。
受験したい。しかし境港は遠すぎる......。こんなもののために貴重な休日を潰し、膨大な時間と交通費を使ってまで受験しようとしている私は何か間違っているのか。
これを読んでいる皆さんにとってどーでもいいことで悩んでいる今日この頃です。

~うーん、面白そう~
2006年09月09日
厳しい塾とは〔金田〕
塚コンの返却が終わった。今週後半から両教室で不合格者の追試が始まる。授業後合格するまで終わらない過酷な追試になるだろう。学校行事もあって大変だとは思うがぜひがんばって早い時期に全員が合格して欲しい。
これをもし塾生でない中学生が見ていたら何と思うのだろうか。塚コンの範囲は昨日の塚越先生のブログを見てもらえばだいたいわかると思う。とにかく膨大な量だ。合格の基準は人により多少違うが8割~9割以上だ。
「そんな厳しい塾には行きたくない」
「そんな厳しい環境にもまれてみたい」
さてどちらなのだろうか。僕らは「厳しい塾」というイメージを持たれることに誇りを持っている。例えば塚コン、例えば自学ノートなど他塾と違ってやるべきことが多く、居残りもほぼ毎日ある。テスト中は開放で毎日来ることになる厳しい環境であることは間違いない。確かにそれを見聞きして敬遠する人たちもいると思うが、僕らはそれに迎合することはない。厳しくすることで学力の向上、ひいては忍耐力や精神力を強くすることを目指している。
全国にある熱心な塾では、やはり厳しく接することこそ重要であると確信して日々授業をしているようだ。「理由なき遅刻は入室禁止」「チェックテストの合格点は毎回満点のみ」なかには「チェックテスト不合格者はその日の授業は後ろを向いて受ける」などその内容は多彩だ。こうした事実を知ることで僕らの方向性は間違っていないと改めて感じることができる。全国の塾講師の方々と切磋琢磨しながらがんばっていきたいと思う。生徒のみんなはぜひこんな僕らの方針を理解してついてきて欲しい。明日からも一緒にがんばろう。
これをもし塾生でない中学生が見ていたら何と思うのだろうか。塚コンの範囲は昨日の塚越先生のブログを見てもらえばだいたいわかると思う。とにかく膨大な量だ。合格の基準は人により多少違うが8割~9割以上だ。
「そんな厳しい塾には行きたくない」
「そんな厳しい環境にもまれてみたい」
さてどちらなのだろうか。僕らは「厳しい塾」というイメージを持たれることに誇りを持っている。例えば塚コン、例えば自学ノートなど他塾と違ってやるべきことが多く、居残りもほぼ毎日ある。テスト中は開放で毎日来ることになる厳しい環境であることは間違いない。確かにそれを見聞きして敬遠する人たちもいると思うが、僕らはそれに迎合することはない。厳しくすることで学力の向上、ひいては忍耐力や精神力を強くすることを目指している。
全国にある熱心な塾では、やはり厳しく接することこそ重要であると確信して日々授業をしているようだ。「理由なき遅刻は入室禁止」「チェックテストの合格点は毎回満点のみ」なかには「チェックテスト不合格者はその日の授業は後ろを向いて受ける」などその内容は多彩だ。こうした事実を知ることで僕らの方向性は間違っていないと改めて感じることができる。全国の塾講師の方々と切磋琢磨しながらがんばっていきたいと思う。生徒のみんなはぜひこんな僕らの方針を理解してついてきて欲しい。明日からも一緒にがんばろう。
2006年09月08日
振り返ります!! 塚コン!! (塚越)
今日の牛久保中1を以って全生徒に暗記コンクール(塚コン)の結果が返却された。
立志塾の名物とも言えるこの暗記コンクール。今回は夏休み中の努力の成果が問われるテストとなった。
夏休み中に頑張ったかどうか? このテストの結果を見れば分かる。何度か書いているが立志塾では “やったけどできんかった。”という言い訳は通用しない。やったかどうかは自学ノートと結果で見せてもらうまでである。
塚コンではすべての問題が指定された範囲から出題される。完全なる努力判定テストである。努力したかどうかは実に分かり易く結果が語ってくれる。だが、その範囲は度肝を抜く程、膨大な量である。
このテストが立志生を鍛えることになる。
“あの子はやればできる子だ。”という言葉をよく聞く。立志塾ではこの言葉を“逃げ”として使わない。
“我々がやらせる”だから“立志生はできる”これが立志塾の基本方針である。
それでは各学年を振り返ってみます。
《中1》
まだ学習した内容が中2・中3と比べて多くないからなのか、中1が健闘したと言うべきなのか、限りなく満点に近い生徒が続出した。
全教科90点を取れば4教科合計が360点である。勿論立派な成績である。
ところが、合計360点では全体の真ん中程度の順位になってしまう。とにかく壮絶な暗記合戦が繰り広げられたことになる。
2学期が始まり、学校で早速課題テストが実施された。今日の生徒達の会話の中でこんなことを言っている生徒がいた。
「社会は失敗して94点しかなかった。」←“合計で何点になるんだ??”そうです。塚コンでしっかり頑張った子にとって今までの内容だけであればきっと“簡単”に感じるはずです。
《中2》
正直、「中だるみ」を感じる結果となりました。全体的にまだまだ頑張れるはずである。“昨年の今頃はあれだけ頑張っていたのに・・・”と思わず思った。
その中でこんな子もいた。
牛久保のBクラスのN.Tさんは、この夏自分を律することができた生徒の一人だ。彼女は牛久保Bクラスから総合で3位まで駆け上がった。彼女の8月の自学ノートは受験生が如きである。
何度も何度も繰りかえし英語の本文や年号をチェックしてはやり直しをしていた。繰り返し繰り返し完全に覚えるまで学習していることがすごくよく伝わった。
この夏が彼女にとって飛躍の夏となるはずである。
これからの2学期、立志の中2生は覚悟したまえ。君たちにとって飛躍の2学期に先生達でしてみせる。
《中3》
夏期講習、開放、家庭での受験勉強、受験生としての意識などあらゆることが試されるテストとなりました。
中3のテスト範囲は中1、中2と比べること自体が無意味と思えるほどの膨大な量である。
社会だけ見ても、歴史の一問一答が700問、年号がバラバラで出題されて153個、地理の自然(全部で何個あるのだろう?)世界の国名や県名、県庁所在地、各地方ごとのまとめ(これまた何個あるのだろう?)
大人であったとしてもはたしてどこまで覚えられるか? という膨大な量である。
ちなみに3分の1以上の生徒が90点以上取っている。
昨年の今頃と比べるとすごく成長を感じました。
ただ、中3生である以上、そして立志生である以上、これは当然。そしてまだまだ全力を出せていない生徒もいます。
先生の目標は君たち全員が第一志望校に合格すること。
これからも妥協しません。バリバリに勉強だぜ!!!
※立志塾では中3生は両教室共、完全に定員を迎えています。もう新入塾者は受け付けしません。今のメンバーのまま入試に突入することになります。全員でお互いにプレッシャーをかけつつも、励まし合いながら残りの半年を
実りあるものにしていこう!!
P.S
何件かお問合せの電話がありましたのでここに書いておきます。
立志塾では秋期講習を13日間で24,000円で実施しています。夏期講習も13日で24,000円で実施しました。
“日数が同じであれば金額が同じであるのが当然である。”というのが立志塾の考えです。2学期の講習会を夏期講習と比べて割高にはしていません。
そして、講習生であれば途中からでも受付けさせて頂きます。ただし、中3の塾生の受付はしていませんのでご了承下さい。
立志塾の名物とも言えるこの暗記コンクール。今回は夏休み中の努力の成果が問われるテストとなった。
夏休み中に頑張ったかどうか? このテストの結果を見れば分かる。何度か書いているが立志塾では “やったけどできんかった。”という言い訳は通用しない。やったかどうかは自学ノートと結果で見せてもらうまでである。
塚コンではすべての問題が指定された範囲から出題される。完全なる努力判定テストである。努力したかどうかは実に分かり易く結果が語ってくれる。だが、その範囲は度肝を抜く程、膨大な量である。
このテストが立志生を鍛えることになる。
“あの子はやればできる子だ。”という言葉をよく聞く。立志塾ではこの言葉を“逃げ”として使わない。
“我々がやらせる”だから“立志生はできる”これが立志塾の基本方針である。
それでは各学年を振り返ってみます。
《中1》
まだ学習した内容が中2・中3と比べて多くないからなのか、中1が健闘したと言うべきなのか、限りなく満点に近い生徒が続出した。
全教科90点を取れば4教科合計が360点である。勿論立派な成績である。
ところが、合計360点では全体の真ん中程度の順位になってしまう。とにかく壮絶な暗記合戦が繰り広げられたことになる。
2学期が始まり、学校で早速課題テストが実施された。今日の生徒達の会話の中でこんなことを言っている生徒がいた。
「社会は失敗して94点しかなかった。」←“合計で何点になるんだ??”そうです。塚コンでしっかり頑張った子にとって今までの内容だけであればきっと“簡単”に感じるはずです。
《中2》
正直、「中だるみ」を感じる結果となりました。全体的にまだまだ頑張れるはずである。“昨年の今頃はあれだけ頑張っていたのに・・・”と思わず思った。
その中でこんな子もいた。
牛久保のBクラスのN.Tさんは、この夏自分を律することができた生徒の一人だ。彼女は牛久保Bクラスから総合で3位まで駆け上がった。彼女の8月の自学ノートは受験生が如きである。
何度も何度も繰りかえし英語の本文や年号をチェックしてはやり直しをしていた。繰り返し繰り返し完全に覚えるまで学習していることがすごくよく伝わった。
この夏が彼女にとって飛躍の夏となるはずである。
これからの2学期、立志の中2生は覚悟したまえ。君たちにとって飛躍の2学期に先生達でしてみせる。
《中3》
夏期講習、開放、家庭での受験勉強、受験生としての意識などあらゆることが試されるテストとなりました。
中3のテスト範囲は中1、中2と比べること自体が無意味と思えるほどの膨大な量である。
社会だけ見ても、歴史の一問一答が700問、年号がバラバラで出題されて153個、地理の自然(全部で何個あるのだろう?)世界の国名や県名、県庁所在地、各地方ごとのまとめ(これまた何個あるのだろう?)
大人であったとしてもはたしてどこまで覚えられるか? という膨大な量である。
ちなみに3分の1以上の生徒が90点以上取っている。
昨年の今頃と比べるとすごく成長を感じました。
ただ、中3生である以上、そして立志生である以上、これは当然。そしてまだまだ全力を出せていない生徒もいます。
先生の目標は君たち全員が第一志望校に合格すること。
これからも妥協しません。バリバリに勉強だぜ!!!
※立志塾では中3生は両教室共、完全に定員を迎えています。もう新入塾者は受け付けしません。今のメンバーのまま入試に突入することになります。全員でお互いにプレッシャーをかけつつも、励まし合いながら残りの半年を
実りあるものにしていこう!!
P.S
何件かお問合せの電話がありましたのでここに書いておきます。
立志塾では秋期講習を13日間で24,000円で実施しています。夏期講習も13日で24,000円で実施しました。
“日数が同じであれば金額が同じであるのが当然である。”というのが立志塾の考えです。2学期の講習会を夏期講習と比べて割高にはしていません。
そして、講習生であれば途中からでも受付けさせて頂きます。ただし、中3の塾生の受付はしていませんのでご了承下さい。
2006年09月07日
豊橋公園にて〔中村〕

9月に入り、日没後ともなると虫の鳴き声を耳にするようになりました。涼しげな空気にどっぷりと浸かり、秋の夜長にのんびり読書でもしたい気持ちにかられますね。
誰だって忙しく働いていたり、勉強に追われる生活をしていると、ゆっくりと気持ちを落ち着かせる憩いの場所を欲するものでしょう。それが自宅の自室であるという子もいれば、近所の公園だという人もいるかもしれません。私の場合は、自宅から目と鼻の先にある豊川(とよがわ)を、堤防に腰を下ろしぼーっと眺めていると心が落ち着きます。みなさんはどうでしょうか。
私の自宅から直線距離にして約800mの場所に豊橋公園があります。川を挟んで対岸に位置しているために、近所でありながら意識的に遠く感じているのですが、散策にはもってこいのスポットです。牟呂校の子たちであれば1度は訪れたことはあるでしょう。牛久保校の子でも、部活の試合でテニスコートや球技場に足を運んだことがあるかもしれません。
今年は豊橋市制100周年事業が目白押しで、休日ともなれば豊橋公園からにぎやかな音楽やアナウンスの声が風に乗って聞こえてきたりします。
去る8月27日(日)の夕方、夏場の疲れた心身の保養のため、私は家族を連れて豊橋公園に出向きました。とあるイベントが実施されていたからです。それは『日本一のキャンドルナイト』なる催しです。あの広大な豊橋公園がペットボトルを再利用したキャンドルで埋め尽くされるというのです。
一歩足を踏み入れると.......、一帯が幽玄な世界と化していました。公園の芝生という芝生の全てから無数のキャンドルが生えているかのような光景.....。
日頃忙しく生活している市民にゆったりとした時間を過ごしてもらおうという意図で実施されたそうですが、まんまと癒されて帰宅しました。豊橋市も、なかなか粋なことをしてくれるな、と感心した日でした。


~どこもかしこも、こんな感じでした~

~吉田城前には花びら形のものが~
2006年09月04日
まずは気持ちから〔金田〕

ネットをさまよっていると興味深い記事を見つけた。内容はこんな感じだ。マルハナバチという蜂がいるらしい。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば
姿はミツバチに似て、丸みをおびており毛深いが、ミツバチより少し大きい。北方系の昆虫であり、高緯度地方に数多くの種が分布している。日本でも珍しくはないが、ヨーロッパではより身近である。また、牧草の主力の一つであるアカツメクサなどの花粉媒介をおこなうものとして、日本よりはるかに重視され、親近感が強い。
体は黒で、白や黄色の筋状の模様があるものが多い。体毛が長いため花粉を集めるときに効率が良くなっており、温帯地方の虫媒花の送粉者として非常に重要な存在である。ミツバチと同じように女王バチのみが産卵を行う社会生活を行い、交尾を済ませた女王バチのみが越冬し、翌春単独でコロニーを創始する。ただし、巨大なコロニーは作らず、家族生活に近い。
このマルハナバチは、翼が弱く、体が重く、航空力学の専門家によればとうてい飛べるはずがないらしい。しかし、実際にはブンブン飛んでいる。これがなぜなのかというと、実はこんなことが理由のようだ。
「彼らは、自分達が飛べないことを知らない」
この蜂は、かなり昔から現在の形のまま進化も退化もせず、地球上に存在し、航空力学に逆らって飛行を続けている。蜂の気持ちがそうなるかはわからないが、時には飛ぼうとしても飛べないときもあるだろうが(まあ、そのほうが、科学的には妥当な結果なわけだが)恐らく奴らは、「俺が、飛べないなんてありえない。何かの間違いだ。さあもう1回トライしてみよう」という風に考えるDNAを、古代から引き継いでいるに違いない。そして、何度失敗しても、あきらめない、そういうことを何千年も続けている…のだろう。
ほんとかどうかはわからないがなんとも夢のある話ではないか。あの小さな蜂がこんな単純なことでこんな奇跡を起こしているというのだ。これをそのまま人間に当てはめられるほど世の中単純ではないが、まずは「気持ち」からである。「自分はこれだけの量を覚えられる」「1日5時間以上の勉強ができないわけがない」「今回の結果は何かの間違いだ。次こそはちゃんと結果を出す」など。ポジティブに考えられるようになるといいなと思う。
それにしても世の中にはいろんなことを研究する人がいるものだ。蜂の気持ちがわかるなんてね。こっちは人間の気持ちがわからなくて困ることだってあるのに…