2008年08月28日
unhappy birthday 〔中村〕

~片岡造園万歳!!~
今日は、豊橋市を中心に記録できな豪雨に見舞われた。豊川市の牛久保校では中3夏期講習中に激しい雷雨。近くで打ち上げ花火でもやっているかのような地響きに、生徒たちは集中力を保つのに必死であった。
この日、牟呂校からの8名の生徒が牛久保校での授業に参加していた。彼らを牟呂へ帰す送迎係は私である。
授業後、土砂降りの中を我が“チョロQ中村号”は走り出した訳であるが、しばらく行くと、前方の小坂井町の踏み切りで緊急車両が停止している。前を走っていた車が次から次へとUターンを始めている。私もそれに倣って方向を変え、別のルートを目指した。
しかし.......
どこへ行ってもすぐに冠水ゾーンにぶつかってしまうのである。意を決して突っ込んでも、やがて行く手を阻む新たな水没地帯が......。
そして、新幹線の真下を潜る道に差し掛かったときのことである。1台の乗用車が、車体の半分が水に浸かったまま停止しているのが見えた。明らかに電気系統がアウトになったようだ。
中村「う~、これは無理」
生徒A「すげぇ~~!!写メ撮っとこ、写メ撮っとこ!!」
生徒B「先生(水に)突っ込めぇ~~」
中村「アホなことを言うな。車がぶっ壊れるわ」
私は再び引き返そうとした。
しかし、その場所が悪かった。
とりあえず方向を変えようと道路脇の空き地に入りかけたそのとき、左右の前輪が沈み込む感触があった。
「うん?」
もう後の祭りである。そこは、田んぼのようにぬかるんだ土地であったのだ。バックを試みるもタイヤは完全に空回り。アクセルを強く踏み込むと泥が吹き上げられフロントガラスが茶色に染まった。
中村「ぎゃあ~~~」
生徒全員「きゃあ~~~」
車内は私の悲鳴と、緊急事態を興じバカ騒ぎする生徒の歓声が......地獄、阿鼻叫喚とはこのことか。

~前輪が......~
豪雨の真っ只中である。車を押し出そうにも泥に足を突っ込んだままでは踏ん張りも利かない。完全に身動きがとれなくなった。
そのとき、1台のJAFもどきの青色のトラックがやって来た。トラックは水没した車の救出の後に引き返し、中村号も引っ張り上げてくれたのである。相手をしてくれたのは合羽を着たおっちゃん2人である。中村号の後部にロープを掛ける場所がないとみるや、地べたに寝そべって車体の下を覗き込むまでして、我々を救ってくれた。
トラックの側面には、『片岡造園 豊川市御油町』と書かれてあった。
最敬礼である。感謝なんて言葉も生ぬるい。おっちゃん2人による無償の善行に、私だけが心の中ではウルウルしていた。

~中村号の爪跡~

~現場の頭上では、新幹線が豪雨のため緊急停止中であった~
その後、どのルートを探っても異常なまでの大渋滞。しまいには中村家でトイレ休憩である。もう、ディズニー旅行のごとき一大事である。

~この頃に雨が上がった~
ようやく牟呂校に到着したのは、牛久保校を出てから約2時間後。普段なら20分で行けるところなのに.....。
その後、牛久保校に戻るのにまた1時間......。
辛かった。でも、こんなことも立志塾の歴史の1ページになると思えば楽しいか......。
今日は、ある意味忘れられない1日になりそうだ。なぜなら.....
今日は、私の誕生日である。
散々な誕生日もまた味わいがあるというものか。
けれども、片岡造園の2人から頂いた真心は、私の大きな財産となった。不運のなかにも、温かく輝く光が胸の奥で灯った。
牛久保校に戻ってから、片岡造園さんにお礼の電話をした。飾り気のないおっちゃんの返事に、頭を下げる自分がいた。
2008年08月24日
お帰り、拓也 〔塚越〕
今日の午後、常葉菊川の拓也から突然電話があった。
「先生、今どこにいますか? 今、豊川に帰って来てるんですよ。」
私はその時、“崖の上のポニョ”を見るために家族と一緒に映画館に向かっていた。
ということで、“ポニョ”の直後に拓也と待ち合わせをした。
ポニョは子供たちには大好評だったが、私は正直期待外れだった。しかし、拓也は私の期待を裏切ることはなっかった。
な・な・なんと拓也は新しいチームのキャプテンに選ばれたことを報告してくれた。
立志のキャプテンと常葉のキャプテンの共演である。
これで秋の神宮の大会に向けて本格的に練習がはじまるというこである。
それにしても、甲子園準優勝校のキャプテンになるなんて、彼は一体どこまで進化していくのだろう。
もう、とことん野球道を追及して欲しい。
そして、春の選抜に続いて今回は夏の甲子園の砂を持って来てくれた。

~第90回 甲子園記念大会 決勝戦の砂~
今回も拓也が立志生のために拾って来てくれました。
春の砂より少し暖かく感じるのは私の気のせいですね。
現時点でかなりたくさんの生徒から予約が入ってますが、以下の方々で希望者順に差し上げます。
⇒現立志生、立志の卒業生、そしてご父母の方々。
ただし、必ず小さいビンを持って来てください。(袋ではダメです。)
もう一度書きますが、
第90回夏の甲子園記念大会の“決勝戦の砂”です。今大会のすべてのチームの選手が駆け抜けた砂です。
なくなり次第終了しますのであしからず。
拓也、秋の神宮の大会、キャプテンとして大暴れするだぞ。
「先生、今どこにいますか? 今、豊川に帰って来てるんですよ。」
私はその時、“崖の上のポニョ”を見るために家族と一緒に映画館に向かっていた。
ということで、“ポニョ”の直後に拓也と待ち合わせをした。
ポニョは子供たちには大好評だったが、私は正直期待外れだった。しかし、拓也は私の期待を裏切ることはなっかった。
な・な・なんと拓也は新しいチームのキャプテンに選ばれたことを報告してくれた。
立志のキャプテンと常葉のキャプテンの共演である。
これで秋の神宮の大会に向けて本格的に練習がはじまるというこである。
それにしても、甲子園準優勝校のキャプテンになるなんて、彼は一体どこまで進化していくのだろう。
もう、とことん野球道を追及して欲しい。
そして、春の選抜に続いて今回は夏の甲子園の砂を持って来てくれた。

~第90回 甲子園記念大会 決勝戦の砂~
今回も拓也が立志生のために拾って来てくれました。
春の砂より少し暖かく感じるのは私の気のせいですね。
現時点でかなりたくさんの生徒から予約が入ってますが、以下の方々で希望者順に差し上げます。
⇒現立志生、立志の卒業生、そしてご父母の方々。
ただし、必ず小さいビンを持って来てください。(袋ではダメです。)
もう一度書きますが、
第90回夏の甲子園記念大会の“決勝戦の砂”です。今大会のすべてのチームの選手が駆け抜けた砂です。
なくなり次第終了しますのであしからず。
拓也、秋の神宮の大会、キャプテンとして大暴れするだぞ。
2008年08月23日
3期生〔塚越〕
君たち、楽しい。
最近、こんなに笑ったことないかも・・・

全部仕切ってくれたAとY、ありがとう。
相変わらず、めちゃめちゃ明るい女子チーム。テンションの高いI.Y、I.S、I.MにM.M。君たちの爆笑聞いてるだけで幸せになれるよ。
話題の尽きない男子チーム。I.K、I.M 、君たちとやる花火は格別だね。そして何よりH.k、君はいろんな意味で突き抜けてる。
この学年、何回こうゆうイベントやったことだろう。
何回やっても何だかすごく楽しい!
次は、拓也も来れるときにやりたいね。
最近、こんなに笑ったことないかも・・・

全部仕切ってくれたAとY、ありがとう。
相変わらず、めちゃめちゃ明るい女子チーム。テンションの高いI.Y、I.S、I.MにM.M。君たちの爆笑聞いてるだけで幸せになれるよ。
話題の尽きない男子チーム。I.K、I.M 、君たちとやる花火は格別だね。そして何よりH.k、君はいろんな意味で突き抜けてる。
この学年、何回こうゆうイベントやったことだろう。
何回やっても何だかすごく楽しい!
次は、拓也も来れるときにやりたいね。
2008年08月21日
夏のイベント[金田]
去る8月10日の日曜日、毎年恒例の「夏のイベント」が実施されました。

もちろん、夏の風物詩「流しそうめん」。今年は過去最長!ご覧あれ!!

これまた例年通り、そうめん以外のものもたくさん流れました。そば、ラーメン、こんにゃくゼリー、もずく、こんにゃく、うずらの卵、すいか、などなど…全部しっかり食べました。
とても楽しい時間を過ごすことができました。初めての体験だった生徒も多かったようです。長い長い夏期講習の途中の、ほんのちょっとの息抜きでした。

「流れないそうめん」を堪能した彼。

もちろん、夏の風物詩「流しそうめん」。今年は過去最長!ご覧あれ!!

これまた例年通り、そうめん以外のものもたくさん流れました。そば、ラーメン、こんにゃくゼリー、もずく、こんにゃく、うずらの卵、すいか、などなど…全部しっかり食べました。
とても楽しい時間を過ごすことができました。初めての体験だった生徒も多かったようです。長い長い夏期講習の途中の、ほんのちょっとの息抜きでした。

「流れないそうめん」を堪能した彼。
2008年08月20日
口唇ヘルペス 〔中村〕

私には、年に2回位発症する持病がある。口唇ヘルペスである。その病原体は、単純ヘルペスウイルスで、ほとんどの人が感染しているそうなのだが、症状に出る人と出ない人がいるようだ。
18(月)、いつものように上唇に違和感を覚えた。
「う~ん、きたか」
疲れやストレスがたまって体が弱り、免疫力が低下するたびに、それまで神経細胞内で大人しくしていたウイルスたちがここぞとばかりに暴れだす、といった感じのものである。
以前皮膚科で処方してもらった塗り薬を使って、早期に対応しているものの、2週間ほど水ぶくれ→かさぶたが上唇に張りついていることになる。
それにしても、衣服で隠せる部分ならともかく、唇なので......。正直みっともない。マスクして授業する訳にもいかず、ムムムな日々をすごしている。
2008年08月19日
I'm proud of ...〔塚越〕
I'm proud of your having been my student.〔塚越〕
第90回 夏の甲子園記念大会決勝戦。

~決勝しかない日でも第一試合~
自分がここにいることが、
立志の卒業生がこの聖地の決勝戦で、スタメンでレフトに立っていることが、
夢のようにしか感じられなかった。

甲子園に出場することだけを目標にして日々練習を重ねている野球少年が全国にどれだけいるだろう?
それでも、ほとんどの野球少年の夢は打ち砕かれることになる。
その聖地の決勝戦に彼は出場した。
もう、とても我々の手の届く領域ではない。
ちょうど2年前のこの時期を思い出す。
彼は毎日、立志にいた。
今の中3生同様、猛暑の中、毎日立志で勉強していた。
チェックテストも、宿題も、塚コンも、すべて乗り越えた。
完全無欠の、立志生だった。
彼の後を追え、立志生! などと軽々しいことはとても書くことはできない。
ただ、このことは知っていて欲しい。
この決勝直後の私と彼の電話での会話。
私 「これで少しはゆっくりできるら~」
拓也 「これで、次の大会へ向けてすぐに練習はじめるっすよ。」
こうゆう姿勢が、突き抜ける存在になる条件なんだと思う。

~かっこ良すぎ、拓也!!!~
P.S
今回、拓也以上に大変だったのは、拓也君のご両親ではなかろうかと私は感じました。
お父様、お母様、今回は本当にお疲れ様でした。
第90回 夏の甲子園記念大会決勝戦。

~決勝しかない日でも第一試合~
自分がここにいることが、
立志の卒業生がこの聖地の決勝戦で、スタメンでレフトに立っていることが、
夢のようにしか感じられなかった。

甲子園に出場することだけを目標にして日々練習を重ねている野球少年が全国にどれだけいるだろう?
それでも、ほとんどの野球少年の夢は打ち砕かれることになる。
その聖地の決勝戦に彼は出場した。
もう、とても我々の手の届く領域ではない。
ちょうど2年前のこの時期を思い出す。
彼は毎日、立志にいた。
今の中3生同様、猛暑の中、毎日立志で勉強していた。
チェックテストも、宿題も、塚コンも、すべて乗り越えた。
完全無欠の、立志生だった。
彼の後を追え、立志生! などと軽々しいことはとても書くことはできない。
ただ、このことは知っていて欲しい。
この決勝直後の私と彼の電話での会話。
私 「これで少しはゆっくりできるら~」
拓也 「これで、次の大会へ向けてすぐに練習はじめるっすよ。」
こうゆう姿勢が、突き抜ける存在になる条件なんだと思う。

~かっこ良すぎ、拓也!!!~
P.S
今回、拓也以上に大変だったのは、拓也君のご両親ではなかろうかと私は感じました。
お父様、お母様、今回は本当にお疲れ様でした。
2008年08月18日
夏の甲子園へ《準決勝編》 〔中村〕
“夏は夏期講習などの業務が混んでいるから、行くことはできないかなぁ”そう思っていた。ところが、我々には運が味方した。
松本拓也が籍を置く静岡代表の常葉菊川が準決勝進出。その試合日は日曜日。急遽、応援ツアーが実現した。

~必勝弁当~

~三塁側アルプス席からの観戦~

~テレビでよく見る横断幕~

~相手校である浦添商(沖縄)の応援は凄まじかった~

~外野席もビッシリの超満員~

~試合後のスコアボード~
試合は、満塁ホームランも飛び出し、自慢の打線が爆発。何と何と決勝進出である。そして、今日が決勝戦当日。そのベンチに拓也がいるなんて......。羨ましいと言うか、既に雲の上の存在である。
決勝戦の結果はいかに。《決勝編》をお楽しみに。
松本拓也が籍を置く静岡代表の常葉菊川が準決勝進出。その試合日は日曜日。急遽、応援ツアーが実現した。

~必勝弁当~

~三塁側アルプス席からの観戦~

~テレビでよく見る横断幕~

~相手校である浦添商(沖縄)の応援は凄まじかった~

~外野席もビッシリの超満員~

~試合後のスコアボード~
試合は、満塁ホームランも飛び出し、自慢の打線が爆発。何と何と決勝進出である。そして、今日が決勝戦当日。そのベンチに拓也がいるなんて......。羨ましいと言うか、既に雲の上の存在である。
決勝戦の結果はいかに。《決勝編》をお楽しみに。
2008年08月12日
初瀬詣で 〔中村〕
突然だが、みなさんは『わらしべ長者』という昔話をご存知だろうか?
ある一人の貧乏人が、「初めに触ったものを大事に持って旅に出ろ」という観音様のお告げを受ける。男は、その直後に石につまずいて転び、そのときにつかんだわらしべ(わら)を手にする。その後、出会う人々と物々交換(わらしべ→ミカン→布→馬→家)を経ていった結果、最後には大金持ちになったという話。
そんな霊験譚の舞台となった場所に行ってきた。なぜか息子と娘と私の母親の4人で。

まずは東名高速を下り......
伊勢湾岸道を抜け......
東名阪で三重県内を南下し......
名阪国道を西へ......

そして、たどり着いたのは近畿地方の山中。
住所は、【奈良県桜井市初瀬731-1】。
そう。また寺である。

真言宗豊山派総本山の寺院、その名を『長谷寺(はせでら)』という。平安時代に貴族の庇護(ひご)を受けるようになり、枕草子や源氏物語など多くの王朝文学にも描かれた日本屈指の観音霊場である。
お目当ては、本尊の十一面観音像(重要文化財)。そう、貧乏人にお告げをなさったとされる仏像である(ただ、現在の本尊は室町時代に再興されたもの)。あの『週刊 日本の仏像』で印象に残った仏像のひとつであった。興福寺・東大寺・向源寺(滋賀県)に続く仏像探訪である。
ここの十一面観音像の魅力は、何と言ってもその大きさ。木造仏でありながら、その像高は何と約10m!!木造なのに10m!!!!(分かってもらえるかなぁ、この凄さ)
もちろん国内最大の木造彫刻である。もう、それだけで私の知的好奇心はゾクゾク、ウズウズしてしまう(ちなみに、奈良の大仏は像高約15mの鋳造仏)。
“そんなスケールに圧倒されてみたい”という、誰にも理解してもらえない(?)願望をかなえるためだけに、車を走らせたわけである。

重厚な構えの仁王門(重要文化財)。「長谷寺」の大額は、江戸時代の後陽成天皇の筆による。

全長200m、399段の石段からなる登廊(重要文化財)。この長谷寺のシンボル的存在を登って本堂へ。

登廊の途中、梅の木を発見。これは、紀貫之が“ひとはいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける”と詠んだ『貫之の梅』である。あまりに畏れ多く、近寄り難かった。


巨大な本尊を納めている本堂(国宝)はやはりデカイ。京都・清水寺と同じ懸造(かけづくり)という建築様式であり、清水の舞台ならぬ「長谷の舞台」が山腹から張り出している。

そこからの眺めは絶景であった。
しばらくの間、視点を虚空に漂わせながら、暑さを忘れ佇んでいた。あまりの充実感に、うっかり真の目的を見失うほどであった。
そして本尊。

その圧倒的な存在感は、私の胸の内を掻き乱した。巨像でありながら完成された造形美、幽玄な静けさ、全てに意味を持つ装飾の数々、微笑むような、また睨んでいるような眼差し......。それらは、時間の流れやここが何処であるかということを忘れさせるほどの、人間の真理・観念の集約された別世界の雰囲気を醸し出していた。
観音様からどんなお告げを受けたかって?
それは内緒にしておこう。
立志生諸君もそうであろうが、いわゆる「歴史の重み」などというものは、軽々しく口にできても、日常生活ではその一端に触れる機会にすら恵まれない。多少の難儀をしてでも足を運び、直接見て、聞いて、そこに漂う空気を胸いっぱいに吸い込むことで、連綿と続く我が国の歴史・文化を直に感じ取ることができるのだと思う。古いようで決して古くはない、普遍的な価値観がそこにはある。私の場合、殊に仏教・仏像がそれにあたる。30代にして、ようやくそういった感覚を持てるようになってきた。
今回の参詣で、日本にはまだまだ自分の知らない場所、世界があることを再認識した。そして、人生を学ぶための仏像探訪はまだまだ続く......。
ある一人の貧乏人が、「初めに触ったものを大事に持って旅に出ろ」という観音様のお告げを受ける。男は、その直後に石につまずいて転び、そのときにつかんだわらしべ(わら)を手にする。その後、出会う人々と物々交換(わらしべ→ミカン→布→馬→家)を経ていった結果、最後には大金持ちになったという話。
そんな霊験譚の舞台となった場所に行ってきた。なぜか息子と娘と私の母親の4人で。

まずは東名高速を下り......
伊勢湾岸道を抜け......
東名阪で三重県内を南下し......
名阪国道を西へ......

そして、たどり着いたのは近畿地方の山中。
住所は、【奈良県桜井市初瀬731-1】。
そう。また寺である。

真言宗豊山派総本山の寺院、その名を『長谷寺(はせでら)』という。平安時代に貴族の庇護(ひご)を受けるようになり、枕草子や源氏物語など多くの王朝文学にも描かれた日本屈指の観音霊場である。
お目当ては、本尊の十一面観音像(重要文化財)。そう、貧乏人にお告げをなさったとされる仏像である(ただ、現在の本尊は室町時代に再興されたもの)。あの『週刊 日本の仏像』で印象に残った仏像のひとつであった。興福寺・東大寺・向源寺(滋賀県)に続く仏像探訪である。
ここの十一面観音像の魅力は、何と言ってもその大きさ。木造仏でありながら、その像高は何と約10m!!木造なのに10m!!!!(分かってもらえるかなぁ、この凄さ)
もちろん国内最大の木造彫刻である。もう、それだけで私の知的好奇心はゾクゾク、ウズウズしてしまう(ちなみに、奈良の大仏は像高約15mの鋳造仏)。
“そんなスケールに圧倒されてみたい”という、誰にも理解してもらえない(?)願望をかなえるためだけに、車を走らせたわけである。

重厚な構えの仁王門(重要文化財)。「長谷寺」の大額は、江戸時代の後陽成天皇の筆による。

全長200m、399段の石段からなる登廊(重要文化財)。この長谷寺のシンボル的存在を登って本堂へ。

登廊の途中、梅の木を発見。これは、紀貫之が“ひとはいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける”と詠んだ『貫之の梅』である。あまりに畏れ多く、近寄り難かった。


巨大な本尊を納めている本堂(国宝)はやはりデカイ。京都・清水寺と同じ懸造(かけづくり)という建築様式であり、清水の舞台ならぬ「長谷の舞台」が山腹から張り出している。

そこからの眺めは絶景であった。
しばらくの間、視点を虚空に漂わせながら、暑さを忘れ佇んでいた。あまりの充実感に、うっかり真の目的を見失うほどであった。
そして本尊。

その圧倒的な存在感は、私の胸の内を掻き乱した。巨像でありながら完成された造形美、幽玄な静けさ、全てに意味を持つ装飾の数々、微笑むような、また睨んでいるような眼差し......。それらは、時間の流れやここが何処であるかということを忘れさせるほどの、人間の真理・観念の集約された別世界の雰囲気を醸し出していた。
観音様からどんなお告げを受けたかって?
それは内緒にしておこう。
立志生諸君もそうであろうが、いわゆる「歴史の重み」などというものは、軽々しく口にできても、日常生活ではその一端に触れる機会にすら恵まれない。多少の難儀をしてでも足を運び、直接見て、聞いて、そこに漂う空気を胸いっぱいに吸い込むことで、連綿と続く我が国の歴史・文化を直に感じ取ることができるのだと思う。古いようで決して古くはない、普遍的な価値観がそこにはある。私の場合、殊に仏教・仏像がそれにあたる。30代にして、ようやくそういった感覚を持てるようになってきた。
今回の参詣で、日本にはまだまだ自分の知らない場所、世界があることを再認識した。そして、人生を学ぶための仏像探訪はまだまだ続く......。
2008年08月11日
ほんとの号外?!〔塚越〕

~8月11日の東愛知新聞~
8月10日 日曜日。 夕方からは流しそうめん。
昼の間、私は2人の子供と一緒にシーパレスのプールにいた。
“さて、牟呂に向かうかな・・・”
プールを出て、駐車場へ向かう私にある男の人が声を掛けてきた。
男の人 「すいません。私、東愛知新聞の○○と申します。少し取材させて頂いてよろしいでしょうか?」
私 「どんな取材ですか?」
男の人 「いろいろな方々のお盆の過ごし方を伝える内容です。今日、うちの会社の記者の6名が、各地で取材をしてるんですよ。よろしければお話を聞きたいのですが・・・」
私 「大した過ごし方、する予定はないですよ。」
男の人 「結構ですよ。普通の過ごし方をお話し下さい。」
私 「これって確実に載るんですか?」
男の人 「それは今お答えできないんですよ。あとで会社に帰ってから他の記者の取材も合わせて決めることになるんですよ。」
私 「分かりました。いいですよ。」
ってな具合で取材がはじまった。
そして本当に、大した話もないままに取材は終わった。
でも、その最後に私はこう言った。
↓
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「載せる時は“立志塾”の文字も必ず入れて下さいよ。」
その後の“流しそうめん”の時にもこのことを一度も思い出さなかった。
そして今日も・・・
しかし、夜になってこの話を妻である京子先生に話すと彼女は言った。
「私は載ってると思う。こうゆう時にパパは載るんだって。新聞買いに行こ。」
そしたら、載ってた。
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↓

“月曜語録 一言”
おーーー!! 私がトップバッターで載ってるではないか!! しかも、立志塾の文字まで入っている!!!
そして、本当に大したことのない話がそのまま乗ってる・・・
恐るべし、東愛知新聞!!
でも、パッと見、犯罪者にしか見えないのは私だけでないでしょう・・・
ああ、夏の珍事、ここにあり。
2008年08月11日
速報[金田]
北島康介選手が世界新記録で金メダル獲得!
昨日の「夏のイベント」の疲れが残った体に強烈な衝撃を与えてくれた。おかげでバッチリ目が覚めた。まだ興奮が体中を駆け巡っている。
オリンピック二連覇にして、人類初の58秒台での世界新記録、僕の乏しい語彙ではその素晴らしさを的確に表現することがもうできないほどの結果だ。
センターポールに掲げられた「日の丸」と、会場に響き渡る「君が代」がこんなにも誇らしく感じたのは久しぶりだった。小さく口ずさむ北島選手の表情はアテネのとき以上に輝いていた。
「世界新で金メダル」という偉業を、本当に成し遂げてしまった彼こそ「有言実行」という言葉が相応しい。
それにしてもスポーツ観戦好きの僕にとって、オリンピックのシーズンはとても楽しい。今回の北京オリンピックは開催までにいろいろあったが、スポーツの世界は純粋であって欲しいと思う。そして純粋に楽しみたい。
僕の記憶に残っているオリンピックは1984年のロサンゼルスオリンピックからだ。一番記憶に残っているのは、体操の具志堅、森末の両選手だろうか。特に森末選手の鉄棒はその着地の完璧さもあいまって、その後、僕が体操に興味を持つきっかけとなった。1988年のソウルオリンピックは中3の受験期と重なって、両立(?)させるのが難しかったのを覚えている。気になる競技は中学校の先生にお願いして、こっそり放送室で見せてもらったりした。柔道の斎藤選手の崖っぷちでの金メダルが印象的な大会だった。
子供のころに見たオリンピックの方がインパクトが強いと感じるのは僕だけではないかもしれない。今回のオリンピックも勝負の結果だけでなく、いろんな素晴らしいアスリートの姿を見せて欲しいと思う。
昨日の「夏のイベント」の疲れが残った体に強烈な衝撃を与えてくれた。おかげでバッチリ目が覚めた。まだ興奮が体中を駆け巡っている。
オリンピック二連覇にして、人類初の58秒台での世界新記録、僕の乏しい語彙ではその素晴らしさを的確に表現することがもうできないほどの結果だ。
センターポールに掲げられた「日の丸」と、会場に響き渡る「君が代」がこんなにも誇らしく感じたのは久しぶりだった。小さく口ずさむ北島選手の表情はアテネのとき以上に輝いていた。
「世界新で金メダル」という偉業を、本当に成し遂げてしまった彼こそ「有言実行」という言葉が相応しい。
それにしてもスポーツ観戦好きの僕にとって、オリンピックのシーズンはとても楽しい。今回の北京オリンピックは開催までにいろいろあったが、スポーツの世界は純粋であって欲しいと思う。そして純粋に楽しみたい。
僕の記憶に残っているオリンピックは1984年のロサンゼルスオリンピックからだ。一番記憶に残っているのは、体操の具志堅、森末の両選手だろうか。特に森末選手の鉄棒はその着地の完璧さもあいまって、その後、僕が体操に興味を持つきっかけとなった。1988年のソウルオリンピックは中3の受験期と重なって、両立(?)させるのが難しかったのを覚えている。気になる競技は中学校の先生にお願いして、こっそり放送室で見せてもらったりした。柔道の斎藤選手の崖っぷちでの金メダルが印象的な大会だった。
子供のころに見たオリンピックの方がインパクトが強いと感じるのは僕だけではないかもしれない。今回のオリンピックも勝負の結果だけでなく、いろんな素晴らしいアスリートの姿を見せて欲しいと思う。
2008年08月09日
号外!!祝、決勝点 松本拓也!!〔塚越〕
第90回、夏の甲子園記念大会。
ついに彼はやってくれた。
春の選抜では、ベンチ入りはしたものの、出場機会のないいまま敗退してしまった。
しかし、我々は甲子園のグラウンドで練習する拓也の勇姿を生で見ることができた。
甲子園の圧倒的な存在感を目の当たりにし、ここで野球している拓也が教え子であることが誇りに思えて仕方がなかった。
今回もベンチ入りが決まった時、電話してくれた。
「今回は出れそうっす!!」
弾む拓也の声が頼もしかった。
そして今日、本当に彼は甲子園に出場した。
しかも、決勝点は彼の足から生まれた。
彼の盗塁がすべての流れを変えた。
そして、試合の終わった数時間後、拓也は私に電話してくれた。
私 「あの盗塁ってサインで走ったの?」
拓也 「自分で判断したっすよ。あーでもしないと目立てないっすよ!!」
私 「3塁を蹴ってホームに向かう瞬間どうだったの?」
拓也 「いや、あれはもう本能っすよ。」
この子には何かがある。
拓也、この“ときめき”をありがとう。
そして、かっこ良すぎ!!
P.S 今日、これを見た人は今夜の“熱闘甲子園”絶対見て下さい。
出るみたいですよ!!
ついに彼はやってくれた。
春の選抜では、ベンチ入りはしたものの、出場機会のないいまま敗退してしまった。
しかし、我々は甲子園のグラウンドで練習する拓也の勇姿を生で見ることができた。
甲子園の圧倒的な存在感を目の当たりにし、ここで野球している拓也が教え子であることが誇りに思えて仕方がなかった。
今回もベンチ入りが決まった時、電話してくれた。
「今回は出れそうっす!!」
弾む拓也の声が頼もしかった。
そして今日、本当に彼は甲子園に出場した。
しかも、決勝点は彼の足から生まれた。
彼の盗塁がすべての流れを変えた。
そして、試合の終わった数時間後、拓也は私に電話してくれた。
私 「あの盗塁ってサインで走ったの?」
拓也 「自分で判断したっすよ。あーでもしないと目立てないっすよ!!」
私 「3塁を蹴ってホームに向かう瞬間どうだったの?」
拓也 「いや、あれはもう本能っすよ。」
この子には何かがある。
拓也、この“ときめき”をありがとう。
そして、かっこ良すぎ!!
P.S 今日、これを見た人は今夜の“熱闘甲子園”絶対見て下さい。
出るみたいですよ!!
2008年08月01日
大人だから、決断。〔塚越〕
ものごとには優先順位がある。
絶対にある。
今しかできないこと。今しなければならないこと。
考えれば、きっと気付くはず。
子供たちには可能性がある。
その子だから叶えられる夢。その子だから目指せる何か。
大人が勝手に決められることではない。まずは信じることしかない。
受験は単なる高校選びなのか?
そんなに薄っぺらいものなのか?
受験でなければ感じられない感情。
受験を通じて感じられる自分へ新たな何か。 きっとあるはず。
今、目の前に現高1の卒業生が合格発表当日に書いてくれた作文がある。
「自分もやればできる、ということをはじめて実感できました。」
「知識を身につけることは本当は楽しいことだと感じるようになりました。」
「努力することの大切さをはじめて実感できたように思います。」
「この受験期を通して家族に対する感謝の気持ちが強くなりました。」
受験は、新たな自分に出会うチャンスである。
受験は、自分への確固たる自信を身につけるチャンスである。
受験は、知識欲を養うチャンスでもある。
受験は、家族のことを考えるチャンスにすらなる。
受験は、努力が報われる尊さを過酷なまでに学ばせてくれるチャンスである。
受験は、子どもたちの人生の支えを、彼ら彼女らの生涯の誇りを構築できるチャンスにさえなる。
だだし条件がある。
そのことを周りの大人が理解しているか否か。
ここが鍵になる。
子供たちはあまりにも未熟である。
そして、あまりに純粋である。
その場の雰囲気に、空気に簡単に流される。
空気を変えるだけの迫力も話術も持ち合わせていない。
正しい判断ができるほどの失敗も経験していない。
つまり、やりたいことを、やりたいだけやらせることが正しいとは限らない。
そこで大人の勇気ある決断が必要になる。
大人でなければできない決断ってあると思う。
子どもたちの意思に反しようが決断するのが大人の役割。
子供たちの可能性を広げることに反論する大人がいるだろうか。
子供たちの“今”、だけではなく“未来”ももっと輝かせること。大切ではなかろうか。
“子供たちの自主性”をスケープゴートにしてないだろうか。
今しかできないこと。今すべきこと。
プライオリティー。
受験が持つ可能性。
子供たちが持つ、計り知れない可能性。
大人としての決断。
子供たちの未来を見据えた決断。
今だからできる決断。今しかできない決断。
大人だから・・・大人だから・・・
子供たちにはできない“責任のある決断をする義務”がある。
絶対にある。
今しかできないこと。今しなければならないこと。
考えれば、きっと気付くはず。
子供たちには可能性がある。
その子だから叶えられる夢。その子だから目指せる何か。
大人が勝手に決められることではない。まずは信じることしかない。
受験は単なる高校選びなのか?
そんなに薄っぺらいものなのか?
受験でなければ感じられない感情。
受験を通じて感じられる自分へ新たな何か。 きっとあるはず。
今、目の前に現高1の卒業生が合格発表当日に書いてくれた作文がある。
「自分もやればできる、ということをはじめて実感できました。」
「知識を身につけることは本当は楽しいことだと感じるようになりました。」
「努力することの大切さをはじめて実感できたように思います。」
「この受験期を通して家族に対する感謝の気持ちが強くなりました。」
受験は、新たな自分に出会うチャンスである。
受験は、自分への確固たる自信を身につけるチャンスである。
受験は、知識欲を養うチャンスでもある。
受験は、家族のことを考えるチャンスにすらなる。
受験は、努力が報われる尊さを過酷なまでに学ばせてくれるチャンスである。
受験は、子どもたちの人生の支えを、彼ら彼女らの生涯の誇りを構築できるチャンスにさえなる。
だだし条件がある。
そのことを周りの大人が理解しているか否か。
ここが鍵になる。
子供たちはあまりにも未熟である。
そして、あまりに純粋である。
その場の雰囲気に、空気に簡単に流される。
空気を変えるだけの迫力も話術も持ち合わせていない。
正しい判断ができるほどの失敗も経験していない。
つまり、やりたいことを、やりたいだけやらせることが正しいとは限らない。
そこで大人の勇気ある決断が必要になる。
大人でなければできない決断ってあると思う。
子どもたちの意思に反しようが決断するのが大人の役割。
子供たちの可能性を広げることに反論する大人がいるだろうか。
子供たちの“今”、だけではなく“未来”ももっと輝かせること。大切ではなかろうか。
“子供たちの自主性”をスケープゴートにしてないだろうか。
今しかできないこと。今すべきこと。
プライオリティー。
受験が持つ可能性。
子供たちが持つ、計り知れない可能性。
大人としての決断。
子供たちの未来を見据えた決断。
今だからできる決断。今しかできない決断。
大人だから・・・大人だから・・・
子供たちにはできない“責任のある決断をする義務”がある。