2009年05月25日
休日報告 〔中村〕
先日塚越先生からご自宅でのバーベキューにお誘い頂き、昨日、家族を連れてお邪魔させて頂いた。
客人を招いてのお庭でのバーベキューは、このブログでも数回紹介されている。もはや塚越家の月1行事になりそうなほど、要領を得ていらっしゃるようだ。
親だけでなく、子供たち同士も顔見知りなので打ち解けるのは早く、サッカーや野球、フリスビーで汗をかいていた。夕方には花火をして遊んだ。

~ムムッ、彼は!!!~
そう、あの“タイガーあきよし”である。本当にタイガーといういでたちでの登場に、大人たちは喝采し、子供たちは凍りついていた。
タイガーなのに「パオ~ン」と鳴く彼の遠吠えが、5月の空に寂しく響いた.....。しまいには酔いつぶれ、子供たちにドッジボールをぶつけられていた。
とにもかくにも、有意義な時間を過ごすことができた。

さて、牛久保校の生徒たち、定期テストご苦労様。今週からは牟呂校の生徒たちの番。しっかり対策し、高得点を目指そう!!
客人を招いてのお庭でのバーベキューは、このブログでも数回紹介されている。もはや塚越家の月1行事になりそうなほど、要領を得ていらっしゃるようだ。
親だけでなく、子供たち同士も顔見知りなので打ち解けるのは早く、サッカーや野球、フリスビーで汗をかいていた。夕方には花火をして遊んだ。

~ムムッ、彼は!!!~
そう、あの“タイガーあきよし”である。本当にタイガーといういでたちでの登場に、大人たちは喝采し、子供たちは凍りついていた。
タイガーなのに「パオ~ン」と鳴く彼の遠吠えが、5月の空に寂しく響いた.....。しまいには酔いつぶれ、子供たちにドッジボールをぶつけられていた。
とにもかくにも、有意義な時間を過ごすことができた。

さて、牛久保校の生徒たち、定期テストご苦労様。今週からは牟呂校の生徒たちの番。しっかり対策し、高得点を目指そう!!
2009年05月23日
運動会&運動会[金田]
今日は運動会を"はしご"してきました。
それにしても絶好の運動会日和でしたね。
そんな中まず午前中は自分の母校である小学校へ。
ちらほら知り合いがいるなかで目的は昨年度から校長になられたO先生。
O先生は僕が中学校の時に大変お世話になった音楽の先生。
本当に久しぶりなので少し緊張気味に声をかけさせてもらいました。
お忙しいなか15分程時間をつくっていただきました。
懐かしい話盛りだくさんでとても楽しい時間を過ごすことができました。
その中でも印象に残ったのは…
「あの頃は俺も若くて情熱が今以上にあった」
「子供たちの音楽の授業の概念に風穴を開けたかった」
「新しくできた学校を少しずつ作り上げていくのが楽しかった」
さすがO先生です。何も変わっていませんでした。
僕は本当にO先生の音楽の授業が大好きでした。
「南陽中校歌」「大地賛称」「いざ立ていくさ人」…
一生懸命そして楽しく歌っていた僕をいつもほめてくれました。
今の自分が塾講師になっているのはO先生の影響もあるのです。
帰り際に照れくさそうに
「ありがとう。またゆっくりおいで」
とおっしゃっていただきました。
若くして校長になられたので、まだまだしばらくは現役のようです。
O先生に負けないように、少しでも近づけるようにがんばっていこうと思いました。
その後は牟呂小へ

あれだけたくさんいると誰が誰だかわからずじまい…

騎馬戦、鈴割りは迫力満点でした。
それにしても絶好の運動会日和でしたね。
そんな中まず午前中は自分の母校である小学校へ。
ちらほら知り合いがいるなかで目的は昨年度から校長になられたO先生。
O先生は僕が中学校の時に大変お世話になった音楽の先生。
本当に久しぶりなので少し緊張気味に声をかけさせてもらいました。
お忙しいなか15分程時間をつくっていただきました。
懐かしい話盛りだくさんでとても楽しい時間を過ごすことができました。
その中でも印象に残ったのは…
「あの頃は俺も若くて情熱が今以上にあった」
「子供たちの音楽の授業の概念に風穴を開けたかった」
「新しくできた学校を少しずつ作り上げていくのが楽しかった」
さすがO先生です。何も変わっていませんでした。
僕は本当にO先生の音楽の授業が大好きでした。
「南陽中校歌」「大地賛称」「いざ立ていくさ人」…
一生懸命そして楽しく歌っていた僕をいつもほめてくれました。
今の自分が塾講師になっているのはO先生の影響もあるのです。
帰り際に照れくさそうに
「ありがとう。またゆっくりおいで」
とおっしゃっていただきました。
若くして校長になられたので、まだまだしばらくは現役のようです。
O先生に負けないように、少しでも近づけるようにがんばっていこうと思いました。
その後は牟呂小へ

あれだけたくさんいると誰が誰だかわからずじまい…

騎馬戦、鈴割りは迫力満点でした。
2009年05月21日
牛久保校教室開放 〔中村〕

今日も多くの生徒たちが

テスト勉強のために立志塾に集った

そしてみな真剣だ

これぞ“立志ニテ自己鍛錬スル之図”である
午後10時を回っても、数人の生徒たちが自主的に残って勉強していた。
その中に中1の生徒が8人いた。明日がテスト本番。初めての定期テストに備え、最後の最後まで入念にチェックをする彼らの姿が頼もしかった。
まだまだ原石。しかし、立志でもまれて、磨かれて、ダイヤモンドになる素質十分である。
結果が楽しみだ。
2009年05月20日
反響[金田]
今日は前日、1回目が放送されたラジオCMの牟呂校での反響を紹介します!

とてもいい感想を書いてくれました。こういったことを書いてくれると本当にうれしいですね。

セリフも、バックに流れる音楽も塚越先生と拓一郎君がかなり吟味して決めたものなので、「かっこいい!」と言われると二人とも喜んでいると思います。最後のセリフも大爆笑なら狙い通りです((笑)

この子もしっかり笑ってくれたようです。ちゃんとオチになっていたかな?

彼女は普段からしっかりと自学ノートをやっているだけあって、反射的に返事をしてしまったようです(笑)

また、ファンの子が一人増えましたね!さすがプロ。拓一郎君の声は本当に評判がいいです。
まだまだしばらくの間、月曜日に放送されます。機会のある方はぜひ聞いて下さい!感想お待ちしてます!!

とてもいい感想を書いてくれました。こういったことを書いてくれると本当にうれしいですね。

セリフも、バックに流れる音楽も塚越先生と拓一郎君がかなり吟味して決めたものなので、「かっこいい!」と言われると二人とも喜んでいると思います。最後のセリフも大爆笑なら狙い通りです((笑)

この子もしっかり笑ってくれたようです。ちゃんとオチになっていたかな?

彼女は普段からしっかりと自学ノートをやっているだけあって、反射的に返事をしてしまったようです(笑)

また、ファンの子が一人増えましたね!さすがプロ。拓一郎君の声は本当に評判がいいです。
まだまだしばらくの間、月曜日に放送されます。機会のある方はぜひ聞いて下さい!感想お待ちしてます!!
2009年05月19日
開放写真館 1学期前期テスト〔塚越〕
ご覧あれ。

~中1~
はじめての開放。
何度も何度も注意した。
というか、この時期に注意しなかった学年などない。
先生が怒る瞬間、感じて欲しい。
君たちは、理解し、成長できる集団だと経験から感じている。
そして、この学年、南中の上位を独占できるかも・・・
やっくれ、1年生!!

~中2~
この3月4月のチェックテストでも、塚コンでも安定しているこの学年。
中だるんでない。今回のチェックテストも悪くない。
すごい平均点が期待できる。
今回、注目の学年。
ぶっちぎれ、2年生!!

~中3Bクラス~

~中3Aクラス~
Aクラスは現在、チェックテストの不合格者がゼロ。立志の上位争いが南中の上位争いになること、間違いなし。
Bクラスもやっと目覚めはじめてるかな・・・
結果を見んと何とも言えないけど・・・
信じるしかない、3年生!!

~自転車~
これを載せないと写真館ぽくないので・・・
P.S
ZIPのCM、塾生の聴取率は確実に80%は超えてたはず。
「先生、録音しました。」とか「家族みんなで聴きました。」とかたくさんたくさんの言葉、ありがとう。
さらに、卒業生から何件ものメールをもらった。さらにさらに、友達からも・・・
このCM、7月末まで毎週月曜日の朝7時13分に流れます。是非、聴いて下さい。
そして、立志のこともあるけど、拓一郎のラジオも是非、聴いて下さい。
彼がかつての教え子だから、とか同郷だからということだけでなく、DJとして、すごく魅力ある存在だと感じています。
彼はもっともっとBIGになると、私は楽しみで仕方ありません。
立志とコバタク。これからもよろしくお願いします。

~中1~
はじめての開放。
何度も何度も注意した。
というか、この時期に注意しなかった学年などない。
先生が怒る瞬間、感じて欲しい。
君たちは、理解し、成長できる集団だと経験から感じている。
そして、この学年、南中の上位を独占できるかも・・・
やっくれ、1年生!!

~中2~
この3月4月のチェックテストでも、塚コンでも安定しているこの学年。
中だるんでない。今回のチェックテストも悪くない。
すごい平均点が期待できる。
今回、注目の学年。
ぶっちぎれ、2年生!!

~中3Bクラス~

~中3Aクラス~
Aクラスは現在、チェックテストの不合格者がゼロ。立志の上位争いが南中の上位争いになること、間違いなし。
Bクラスもやっと目覚めはじめてるかな・・・
結果を見んと何とも言えないけど・・・
信じるしかない、3年生!!

~自転車~
これを載せないと写真館ぽくないので・・・
P.S
ZIPのCM、塾生の聴取率は確実に80%は超えてたはず。
「先生、録音しました。」とか「家族みんなで聴きました。」とかたくさんたくさんの言葉、ありがとう。
さらに、卒業生から何件ものメールをもらった。さらにさらに、友達からも・・・
このCM、7月末まで毎週月曜日の朝7時13分に流れます。是非、聴いて下さい。
そして、立志のこともあるけど、拓一郎のラジオも是非、聴いて下さい。
彼がかつての教え子だから、とか同郷だからということだけでなく、DJとして、すごく魅力ある存在だと感じています。
彼はもっともっとBIGになると、私は楽しみで仕方ありません。
立志とコバタク。これからもよろしくお願いします。
2009年05月18日
好きです、南中 〔塚越〕
どれくらい前だったかな。
さっと思い出せないくらいの時が流れた。
南中から中間テストが消えたあの日。
あの時の衝撃を知っているからこそ、今回の復活にも衝撃が走る。
豊川南部で中間テストが復活した。
1学期前期テストという名の中間テスト。
廃止された時、この地域の動揺は大きかった。
何人もの父母の方々からご相談を受けた。
そして、意見も求められた。
ここで書けないようなことも、いろいろとあった。
この地域で15年以上も指導している私だから分かる。
この中間テストの復活はこの地域の子供たちの学力向上のきっかけとなる。
何よりの証拠がある。
立志生は昨年の同時期とは比べ物にならないほどの習熟度を示している。
この時期のこの感覚、“いい感じ!!”
私は南中がシステムを変えることに対して大歓迎である。
というか、何でもかんでも変更してもらって構わない。
理由は簡単。
立志は豊川南部にしか合わせない。
何が変わろうと、南中に通っている生徒のためを思い、我々が合わせる。
自由自在。
生徒諸君は月日が経てば卒業していくし、学校の先生だってずっと同じ中学校にいる訳ではない。ほとんどの人がこの学校を通過点として捉えているはず。
でも、我々は違う。
ここが、運命の地。
「好きです、南中!!」
とは、他の誰でもなく、我々に最も適している言葉ではないかと、思ってしまう。
実際に、他中学からの問い合わせをよく頂く。でも、基本的にお断りしている。
いろんな地域の方々から、“この地区にも立志塾をつくって下さい。”と言われたこともある。
ありがたいお言葉です。
嬉しい、の一言です。
きっと立志が進出したら生徒が集まるのかもしれない。
同じ考えの人達がいればもっとわくわくできるとも思う。
過去、いなかった訳ではないが、覚悟と力量が想像以上に必要だったりする。
また、思っている程、甘いものでもない。
過信している人が実に多い、この世界。
容易く受け入れることはできない。
話を戻す。
単元テストだろうが、前期テストだろうが、中間テストだろうが、何でも来い!!!
立志牛久保校は南中にしか合わせない。
立志以上に南中生を大切に考えているとこあるのだろうか。
もう、開放ははじまっている。
さっと思い出せないくらいの時が流れた。
南中から中間テストが消えたあの日。
あの時の衝撃を知っているからこそ、今回の復活にも衝撃が走る。
豊川南部で中間テストが復活した。
1学期前期テストという名の中間テスト。
廃止された時、この地域の動揺は大きかった。
何人もの父母の方々からご相談を受けた。
そして、意見も求められた。
ここで書けないようなことも、いろいろとあった。
この地域で15年以上も指導している私だから分かる。
この中間テストの復活はこの地域の子供たちの学力向上のきっかけとなる。
何よりの証拠がある。
立志生は昨年の同時期とは比べ物にならないほどの習熟度を示している。
この時期のこの感覚、“いい感じ!!”
私は南中がシステムを変えることに対して大歓迎である。
というか、何でもかんでも変更してもらって構わない。
理由は簡単。
立志は豊川南部にしか合わせない。
何が変わろうと、南中に通っている生徒のためを思い、我々が合わせる。
自由自在。
生徒諸君は月日が経てば卒業していくし、学校の先生だってずっと同じ中学校にいる訳ではない。ほとんどの人がこの学校を通過点として捉えているはず。
でも、我々は違う。
ここが、運命の地。
「好きです、南中!!」
とは、他の誰でもなく、我々に最も適している言葉ではないかと、思ってしまう。
実際に、他中学からの問い合わせをよく頂く。でも、基本的にお断りしている。
いろんな地域の方々から、“この地区にも立志塾をつくって下さい。”と言われたこともある。
ありがたいお言葉です。
嬉しい、の一言です。
きっと立志が進出したら生徒が集まるのかもしれない。
同じ考えの人達がいればもっとわくわくできるとも思う。
過去、いなかった訳ではないが、覚悟と力量が想像以上に必要だったりする。
また、思っている程、甘いものでもない。
過信している人が実に多い、この世界。
容易く受け入れることはできない。
話を戻す。
単元テストだろうが、前期テストだろうが、中間テストだろうが、何でも来い!!!
立志牛久保校は南中にしか合わせない。
立志以上に南中生を大切に考えているとこあるのだろうか。
もう、開放ははじまっている。
2009年05月12日
2009年05月09日
受検ノススメ 〔中村〕
現在、立志塾では今年度第1回の英検、漢検の受検者を受付中です。
英検は、来週の土曜日(16日)が塾内締め切りとなっているので、申し込み忘れている生徒は急いでください。
不透明な経理問題で世間を騒がせた漢検ですが、なんとか実施できるそうです。なお、新検定料は2級は3,500円、準2級~7級は1,800円、8級は1,400円と決定しました。

さて、生徒諸君のスキル(手腕。技量。また、訓練によって得られる特殊な技能や技術)の向上に一役買う各種検定ですが、どうもこういったものへの参加をためらう子が多いのが現状です。
そこで質問
Q.きみが英検や漢検を受検しない理由はなんでしょう?
A.受検料が高い B.(部活・他の勉強などで)忙しい
C.英語または漢字が苦手 D.不合格になるのが怖い
きみの答えはどれですか?
学ぶことに対して後ろ向きな姿勢であれば、どれを答えとしても同じことです。それは学ぶことの価値を見誤った言い訳にしかなりません。
A.事実、服やゲーム、部活で使用する道具は定期的に買い換えているし、
B.事実、日頃は好きなテレビを見られるほど自由な時間に恵まれているし、
C.事実、英語や漢字が苦手であるのは、生まれつきの性質ではなく、それまでの学習を怠ってきた結果なわけだし、
D.事実、不合格を恐れて高校入試を受験しない子はいません。
そして事実、英検・漢検の受検に積極的な生徒たちは語学力が豊かで自立しているものです。
さあ、新たなチャレンジャーたちを先生たちは待っています。
英検は、来週の土曜日(16日)が塾内締め切りとなっているので、申し込み忘れている生徒は急いでください。
不透明な経理問題で世間を騒がせた漢検ですが、なんとか実施できるそうです。なお、新検定料は2級は3,500円、準2級~7級は1,800円、8級は1,400円と決定しました。

さて、生徒諸君のスキル(手腕。技量。また、訓練によって得られる特殊な技能や技術)の向上に一役買う各種検定ですが、どうもこういったものへの参加をためらう子が多いのが現状です。
そこで質問
Q.きみが英検や漢検を受検しない理由はなんでしょう?
A.受検料が高い B.(部活・他の勉強などで)忙しい
C.英語または漢字が苦手 D.不合格になるのが怖い
きみの答えはどれですか?
学ぶことに対して後ろ向きな姿勢であれば、どれを答えとしても同じことです。それは学ぶことの価値を見誤った言い訳にしかなりません。
A.事実、服やゲーム、部活で使用する道具は定期的に買い換えているし、
B.事実、日頃は好きなテレビを見られるほど自由な時間に恵まれているし、
C.事実、英語や漢字が苦手であるのは、生まれつきの性質ではなく、それまでの学習を怠ってきた結果なわけだし、
D.事実、不合格を恐れて高校入試を受験しない子はいません。
そして事実、英検・漢検の受検に積極的な生徒たちは語学力が豊かで自立しているものです。
さあ、新たなチャレンジャーたちを先生たちは待っています。
2009年05月08日
奈良の都 〔中村〕
GW中に私が出掛けたのは奈良県。昨年末の鳥取県同様、私の両親も誘って行ってきました。
話題の高速道路料金の割引にあやかっての一泊旅行なわけですが、さすがに大渋滞を懸念し、予定していた日程の前夜10時30分に出発するという作戦をとりました。
高速道路に入って早々、豊川ICから岡崎ICまでの間に20kmほどの渋滞にはまりましたが、その後はスムーズに走行、途中で休憩を挟みつつ、翌朝6時には目的地に到着してしまいました。
午前6時ではあまりにも時間的に早く、旅館にチェックイン出来ないのは勿論のこと、お目当ての寺社の開門時間まで暇つぶしする根気も無かったため、急遽新たな行き先を決定し、世界文化遺産「古都奈良の文化財」の旅は幕を開けたのでした。
気まぐれで向かったのは『平城宮跡』。かの平城京と、そこにあった平城宮(天皇のお屋敷)跡です。と言っても、現在はだだっ広い平原となっており、犬の散歩やジョギングをする人々が行き交うのどかな光景が広がっていました。復元された朱雀門まで、それこそ早朝の散歩をしながら、かつて都のあった場所に思いを馳せたのでした。

~奥が朱雀門~
ちなみに平城京遷都は710年。来年(2010年)が遷都1300年にあたり、奈良では盛大にお祝いをするそうです。

~かつての日本の中心に、娘を抱いて立つ~

~もちろんここも世界遺産~
その後向かったのは『薬師寺』。有名な国宝「薬師三尊像」や伽藍を形成する各建築物の醸し出す風情に目を奪われました。

~圧倒的存在感を示す金堂~

~金堂外から国宝仏をパチリ~

~“凍れる音楽”と名高い東塔~
そして『興福寺』で貴重な仏像を拝観した後、“定番”の『東大寺』へ。

~当然ここも世界遺産~
さすが世界の観光地だけあって、国内外からの観光客の数が凄かったです。息子はシカにせんべいをやることが楽しみだったのですが、観光客のみんなが“強制的に”食べさせるため、すでに満腹状態のようで、息子がせんべいを近づけても反応はイマイチでした。
南大門へと続く参道の人だかりを見て、私以外の同行者はお寺の拝観を断念(そもそも、私以外はみな仏像には興味がないし)。ここで私は家族と一時別れ、独りで南大門をくぐって行ったのでした。

~人間で埋まる参道~
大仏殿付近は、先日(3月)のディズニーランドを彷彿とさせる賑わいでした。
私は、今回は大仏がお目当てではなかったということ、人間の多さに疲れてしまうということもあり、何と奈良公園に来ていながら敢えて大仏殿を回避!!
そして向かったのは同じく東大寺にある戒壇堂。ここは塑像の国宝「四天王立像」が有名です。みんな社会の資料集か美術の教材で見たことがあるはずですよ。

~ここでは、大仏殿付近の喧騒が嘘のよう~
そして二月堂を横目に四月堂、そして法華堂(三月堂)の諸仏を拝観。特に法華堂の国宝の仏像群は圧巻でした。

~左奥が二月堂。右手前が法華堂~
翌日はみんなで『新薬師寺』へ。国宝「薬師如来」と、それを囲むように立つ国宝「十二神将立像」は滅茶苦茶カッコ良かった!!

~ひっそりとした佇まいです~
いずれにしても、千数百年という長い時間、幾度となく繰り返された天災や戦火から奇跡的に生き残った文化財の数々です。それをいまこうして間近で拝見できるありがたみといったらありません。こういったものと向き合うことで、現在の自分自身の心の歪みを正し、豊かに生きるための普遍的な智慧の一端に気づかされるだけでも十分な価値があるのではないでしょうか。
本当はもっと時間をかけて様々な場所に足を運びたかったのですが......、後ろ髪をひかれる思いで奈良を発ったのでした。
話題の高速道路料金の割引にあやかっての一泊旅行なわけですが、さすがに大渋滞を懸念し、予定していた日程の前夜10時30分に出発するという作戦をとりました。
高速道路に入って早々、豊川ICから岡崎ICまでの間に20kmほどの渋滞にはまりましたが、その後はスムーズに走行、途中で休憩を挟みつつ、翌朝6時には目的地に到着してしまいました。
午前6時ではあまりにも時間的に早く、旅館にチェックイン出来ないのは勿論のこと、お目当ての寺社の開門時間まで暇つぶしする根気も無かったため、急遽新たな行き先を決定し、世界文化遺産「古都奈良の文化財」の旅は幕を開けたのでした。
気まぐれで向かったのは『平城宮跡』。かの平城京と、そこにあった平城宮(天皇のお屋敷)跡です。と言っても、現在はだだっ広い平原となっており、犬の散歩やジョギングをする人々が行き交うのどかな光景が広がっていました。復元された朱雀門まで、それこそ早朝の散歩をしながら、かつて都のあった場所に思いを馳せたのでした。

~奥が朱雀門~
ちなみに平城京遷都は710年。来年(2010年)が遷都1300年にあたり、奈良では盛大にお祝いをするそうです。

~かつての日本の中心に、娘を抱いて立つ~

~もちろんここも世界遺産~
その後向かったのは『薬師寺』。有名な国宝「薬師三尊像」や伽藍を形成する各建築物の醸し出す風情に目を奪われました。

~圧倒的存在感を示す金堂~

~金堂外から国宝仏をパチリ~

~“凍れる音楽”と名高い東塔~
そして『興福寺』で貴重な仏像を拝観した後、“定番”の『東大寺』へ。

~当然ここも世界遺産~
さすが世界の観光地だけあって、国内外からの観光客の数が凄かったです。息子はシカにせんべいをやることが楽しみだったのですが、観光客のみんなが“強制的に”食べさせるため、すでに満腹状態のようで、息子がせんべいを近づけても反応はイマイチでした。
南大門へと続く参道の人だかりを見て、私以外の同行者はお寺の拝観を断念(そもそも、私以外はみな仏像には興味がないし)。ここで私は家族と一時別れ、独りで南大門をくぐって行ったのでした。

~人間で埋まる参道~
大仏殿付近は、先日(3月)のディズニーランドを彷彿とさせる賑わいでした。
私は、今回は大仏がお目当てではなかったということ、人間の多さに疲れてしまうということもあり、何と奈良公園に来ていながら敢えて大仏殿を回避!!
そして向かったのは同じく東大寺にある戒壇堂。ここは塑像の国宝「四天王立像」が有名です。みんな社会の資料集か美術の教材で見たことがあるはずですよ。

~ここでは、大仏殿付近の喧騒が嘘のよう~
そして二月堂を横目に四月堂、そして法華堂(三月堂)の諸仏を拝観。特に法華堂の国宝の仏像群は圧巻でした。

~左奥が二月堂。右手前が法華堂~
翌日はみんなで『新薬師寺』へ。国宝「薬師如来」と、それを囲むように立つ国宝「十二神将立像」は滅茶苦茶カッコ良かった!!

~ひっそりとした佇まいです~
いずれにしても、千数百年という長い時間、幾度となく繰り返された天災や戦火から奇跡的に生き残った文化財の数々です。それをいまこうして間近で拝見できるありがたみといったらありません。こういったものと向き合うことで、現在の自分自身の心の歪みを正し、豊かに生きるための普遍的な智慧の一端に気づかされるだけでも十分な価値があるのではないでしょうか。
本当はもっと時間をかけて様々な場所に足を運びたかったのですが......、後ろ髪をひかれる思いで奈良を発ったのでした。
2009年05月07日
家族時間 〔中村〕
GW中は、当然のことながら毎日家族と行動を共にし、濃い~時間を過ごした。
毎朝7時には起床し、息子の勉強を見てやったり、娘のお遊びに付き合うのを皮切りに、何気にハードなスケジュールをこなす。そして夜になれば一緒に風呂に入り、午後9時にみんなで床に就く。
息子は父親とのキャッチボール、バッティング練習を何度もリクエストした。口が達者になってきた娘は終始父親を独占しようとした。子供たちが学校や保育園にいる時間帯に妻とデート?もした。

~小学校のグラウンドで野球三昧~

~娘と手をつなぎ保育園へ~

~妻とは映画鑑賞を~
ヘトヘトになりながらも全身はドップリと幸せに浸っている。
このまま時が止まってくれたらいいのに。
これ以上子供たちが大きくなってくれなくてもいい、とさえ思ってしまう。
子供をお持ちの方ならご理解頂ける感覚だと思う。
そんなことだから、連休明け初日は異常な寂しさに襲われる。今回も私が起きた時には、妻と子供たちは妻の実家に出掛けてしまっていた。
身支度を終え、ちょうど家を出ようとしたところ、私の寝坊を心配した妻から電話があった。
“いつも子供たちと過ごせるお前は幸せだ。しっかり面倒を見てあげるように”
私の寂しさを知ってか知らずか、電話の向こうの妻は陽気だった。
毎朝7時には起床し、息子の勉強を見てやったり、娘のお遊びに付き合うのを皮切りに、何気にハードなスケジュールをこなす。そして夜になれば一緒に風呂に入り、午後9時にみんなで床に就く。
息子は父親とのキャッチボール、バッティング練習を何度もリクエストした。口が達者になってきた娘は終始父親を独占しようとした。子供たちが学校や保育園にいる時間帯に妻とデート?もした。

~小学校のグラウンドで野球三昧~

~娘と手をつなぎ保育園へ~

~妻とは映画鑑賞を~
ヘトヘトになりながらも全身はドップリと幸せに浸っている。
このまま時が止まってくれたらいいのに。
これ以上子供たちが大きくなってくれなくてもいい、とさえ思ってしまう。
子供をお持ちの方ならご理解頂ける感覚だと思う。
そんなことだから、連休明け初日は異常な寂しさに襲われる。今回も私が起きた時には、妻と子供たちは妻の実家に出掛けてしまっていた。
身支度を終え、ちょうど家を出ようとしたところ、私の寝坊を心配した妻から電話があった。
“いつも子供たちと過ごせるお前は幸せだ。しっかり面倒を見てあげるように”
私の寂しさを知ってか知らずか、電話の向こうの妻は陽気だった。
2009年05月07日
ぶらり信州[金田]
GWも無事終わりました。今日はその報告の「ぶらり」です。


まさかの天竜峡ライン下り。この数日後に塚越家が訪れることになろうとは…
僕らが行ったときは平日のため44名定員の船に14名乗船というくつろぎ感たっぷりでした。

その後、飯田市まで。川本喜八郎博物館にて感動の対面!
子供の頃に食い入るように見ていた「人形劇 三国志」の世界がそこに!!
諸葛亮や関羽などの英雄たちの人形は鳥肌ものでした。
三国志フリークの一人として、貴重な体験ができました。
その後は知り合いの旅館に一泊しました。いろいろお世話になりました。
そして翌日。

白銀の世界、御岳山へ。スキー、スノボ客を横目に雄大な景色を堪能しました。

そして、知り合いの方が修業中の蕎麦屋へ。その彼が手打ちしてくれた蕎麦で舌鼓を打ちました。ごちそうさまです。

最後は妻籠宿。とても暑かったですが興味深いものばかりでした。
そのほか、久しぶりに先輩と飲みに行ったり、ウド鈴木を見かけたり、温泉に行ったりと、長い休みを堪能しました。

↑温泉宿からの景色です。なかなか当たりの宿でした。
いよいよテストが迫ってきました。気持ちも新たにがんばります。


まさかの天竜峡ライン下り。この数日後に塚越家が訪れることになろうとは…
僕らが行ったときは平日のため44名定員の船に14名乗船というくつろぎ感たっぷりでした。

その後、飯田市まで。川本喜八郎博物館にて感動の対面!
子供の頃に食い入るように見ていた「人形劇 三国志」の世界がそこに!!
諸葛亮や関羽などの英雄たちの人形は鳥肌ものでした。
三国志フリークの一人として、貴重な体験ができました。
その後は知り合いの旅館に一泊しました。いろいろお世話になりました。
そして翌日。

白銀の世界、御岳山へ。スキー、スノボ客を横目に雄大な景色を堪能しました。

そして、知り合いの方が修業中の蕎麦屋へ。その彼が手打ちしてくれた蕎麦で舌鼓を打ちました。ごちそうさまです。

最後は妻籠宿。とても暑かったですが興味深いものばかりでした。
そのほか、久しぶりに先輩と飲みに行ったり、ウド鈴木を見かけたり、温泉に行ったりと、長い休みを堪能しました。

↑温泉宿からの景色です。なかなか当たりの宿でした。
いよいよテストが迫ってきました。気持ちも新たにがんばります。
2009年05月06日
忌野清志郎〔塚越〕
私は、学生時代、馬鹿みたいに音楽を聞き、演奏してた。
基本的に毎日、スタジオで練習してた。
“本当に好きなことは人に言わない”これが私の持論。というか、好きなんだから言う必要がない。言ったところで何も変わらない。
伝えようとしている時点で好きじゃないんじゃないの? みたいな・・・
私がベースやギターを弾くことは生きてることと極めて一致してる。伝える必要、ない。
そんな気持ちから趣味について、あまりここでは書いていない。
そんな前提を少しばかり踏まえた上で今日はあえて書きます。
私は小学生の頃から洋楽ばかり聴いていた。
中3の時にミックジャガーが来日した。私はチケットを取るために公衆電話から2時間以上電話を掛け続けた。家からだと親に叱られる。電話が使えなくなる。携帯なんてもちろんない時代。“公衆電話でつながるまで掛ける”って決めて、家を出た。
このコンサート、一人で行った。誰かを誘おうとも考えなかった。
“誰かと一緒に楽しむ”という発想すらなかった。
今はもう存在しない“名古屋国際展示場”にまで行った。中3生が一人で・・・
ただ、“ミックジャガーを観たい”
その一心で行動していた。
忌野清志郎は、そのミックジャガーの真似だと強烈に揶揄された時期があった。
あのステージ。あのメイク。そしてバンドのスタイル。
つまり、RCはストーンズの真似だと・・・
私がバンドに夢中だった学生時代。多くのバンド仲間と語り合った。好きなバンドと嫌いなバンド、誰しもが、自信満々の評論家だった。
洋楽好きには不思議なことに多くの共通点があった。
みんな、日本のバンドは基本的に認めない。
日本のバンドに対する軽蔑めいたものがあった。
恥ずかしくて口には出せない・・・
ストーンズは大物ではあるが、賛否両論大きく分かれた。
あの、単調なリフが・・・
ミックのボーカルは下手くそだ・・・
技術的に素人に毛が生えた程度だ・・・
ビートルズとの対比で浮き上がっただけだ・・・
時代を作っていない、時代に迎合してる・・・
ストーンズにやたらと厳しい友達が私の周りには多かった。
でも、なぜだろう?
そのストーンズの真似だと揶揄されたRCのことを誰も悪く言わなかった。
日本のバンドは嫌いなのに、ストーンズも今一好きじゃないのに、RCは好きだったりする友達、たくさんいた。
他ならぬ私も、好きだった。
彼が死んでから、
トランジスタラジオが頭の中でずっと流れてる。
本当に好きだったことが、確信となる。
誠に勝手ながら、ご冥福を祈らさせて頂きます。 そして、ありがとうございました。
基本的に毎日、スタジオで練習してた。
“本当に好きなことは人に言わない”これが私の持論。というか、好きなんだから言う必要がない。言ったところで何も変わらない。
伝えようとしている時点で好きじゃないんじゃないの? みたいな・・・
私がベースやギターを弾くことは生きてることと極めて一致してる。伝える必要、ない。
そんな気持ちから趣味について、あまりここでは書いていない。
そんな前提を少しばかり踏まえた上で今日はあえて書きます。
私は小学生の頃から洋楽ばかり聴いていた。
中3の時にミックジャガーが来日した。私はチケットを取るために公衆電話から2時間以上電話を掛け続けた。家からだと親に叱られる。電話が使えなくなる。携帯なんてもちろんない時代。“公衆電話でつながるまで掛ける”って決めて、家を出た。
このコンサート、一人で行った。誰かを誘おうとも考えなかった。
“誰かと一緒に楽しむ”という発想すらなかった。
今はもう存在しない“名古屋国際展示場”にまで行った。中3生が一人で・・・
ただ、“ミックジャガーを観たい”
その一心で行動していた。
忌野清志郎は、そのミックジャガーの真似だと強烈に揶揄された時期があった。
あのステージ。あのメイク。そしてバンドのスタイル。
つまり、RCはストーンズの真似だと・・・
私がバンドに夢中だった学生時代。多くのバンド仲間と語り合った。好きなバンドと嫌いなバンド、誰しもが、自信満々の評論家だった。
洋楽好きには不思議なことに多くの共通点があった。
みんな、日本のバンドは基本的に認めない。
日本のバンドに対する軽蔑めいたものがあった。
恥ずかしくて口には出せない・・・
ストーンズは大物ではあるが、賛否両論大きく分かれた。
あの、単調なリフが・・・
ミックのボーカルは下手くそだ・・・
技術的に素人に毛が生えた程度だ・・・
ビートルズとの対比で浮き上がっただけだ・・・
時代を作っていない、時代に迎合してる・・・
ストーンズにやたらと厳しい友達が私の周りには多かった。
でも、なぜだろう?
そのストーンズの真似だと揶揄されたRCのことを誰も悪く言わなかった。
日本のバンドは嫌いなのに、ストーンズも今一好きじゃないのに、RCは好きだったりする友達、たくさんいた。
他ならぬ私も、好きだった。
彼が死んでから、
トランジスタラジオが頭の中でずっと流れてる。
本当に好きだったことが、確信となる。
誠に勝手ながら、ご冥福を祈らさせて頂きます。 そして、ありがとうございました。
2009年05月05日
G.W報告〔塚越〕
連休が終わった。
別にここで報告するつもりはなかったが、
妻が言った。
「立志塾便りまだ??」
私が連休中に何をしたのか一番知ってるのは、あなたでしょ・・・
だって、一緒に過ごしたんだもの・・・
さらに、彼女は言った。
「みんな、待ってるよ!!」
何の根拠もない、自信満々の発言は彼女の専売特許である。
はい。じゃあ、待ってる方がいると信じて一気に報告します。

~ナガシマスパーランド~
大学生の頃(約20年前)に一度だけ行ったことがある。でも、ほとんど記憶にない。到着早々、ピールを飲んだことは覚えている。その後にバイキングに乗ったことも覚えている。その直後に“吐いた”ことまで覚えている。
その後の記憶がない。
その記憶はついぞや、蘇ることはなかった。
ただ、今回こそは忘れないため、ナガシマが誇る上のようなアトラクションはすべて乗った。
乗れば乗るだけ、物足りなく感じた。
せっかくだから、もっともっとスリルが欲しい。
そして、思った。
あっ、スカイダイビングだ。
“はまる”とやみつきになるようだが、やってみたい。
誰か詳しい方がいましたら、連絡下さい。

~タイガーあきよし~
少し前のプログで紹介した、“あの男”
熱く語ったことは、ここでは書かない方が良いよね(笑)?
また近いうちに会うことになりそうな・・・
楽しみにしとるよ。

~ヒコの家族と~
ヒコ、たくさんのお酒ありがとう。
ここから先は、ここで報告しても誰も知らない内容になります。
以上。

~天竜峡~
渋滞を恐れた我が家での家族会議の結果、“飯田線で行けるとこまで行こう”という結論に・・・
ライン下りなるものを初体験した。
行きの電車の中で車掌さんが教えてくれた。
「飯田線の特急は日本で二番目に遅い特急だに。一番は九州のどっかにあるだよ。」
このアバウト加減が、飯田線。
この連休はどこにも泊まらず過ごした。
その分、いろんなことを考える時間をたくさん持てた。
そして、次のプログへと続く。
別にここで報告するつもりはなかったが、
妻が言った。
「立志塾便りまだ??」
私が連休中に何をしたのか一番知ってるのは、あなたでしょ・・・
だって、一緒に過ごしたんだもの・・・
さらに、彼女は言った。
「みんな、待ってるよ!!」
何の根拠もない、自信満々の発言は彼女の専売特許である。
はい。じゃあ、待ってる方がいると信じて一気に報告します。

~ナガシマスパーランド~
大学生の頃(約20年前)に一度だけ行ったことがある。でも、ほとんど記憶にない。到着早々、ピールを飲んだことは覚えている。その後にバイキングに乗ったことも覚えている。その直後に“吐いた”ことまで覚えている。
その後の記憶がない。
その記憶はついぞや、蘇ることはなかった。
ただ、今回こそは忘れないため、ナガシマが誇る上のようなアトラクションはすべて乗った。
乗れば乗るだけ、物足りなく感じた。
せっかくだから、もっともっとスリルが欲しい。
そして、思った。
あっ、スカイダイビングだ。
“はまる”とやみつきになるようだが、やってみたい。
誰か詳しい方がいましたら、連絡下さい。

~タイガーあきよし~
少し前のプログで紹介した、“あの男”
熱く語ったことは、ここでは書かない方が良いよね(笑)?
また近いうちに会うことになりそうな・・・
楽しみにしとるよ。

~ヒコの家族と~
ヒコ、たくさんのお酒ありがとう。
ここから先は、ここで報告しても誰も知らない内容になります。
以上。

~天竜峡~
渋滞を恐れた我が家での家族会議の結果、“飯田線で行けるとこまで行こう”という結論に・・・
ライン下りなるものを初体験した。
行きの電車の中で車掌さんが教えてくれた。
「飯田線の特急は日本で二番目に遅い特急だに。一番は九州のどっかにあるだよ。」
このアバウト加減が、飯田線。
この連休はどこにも泊まらず過ごした。
その分、いろんなことを考える時間をたくさん持てた。
そして、次のプログへと続く。