2009年11月24日
開放 〔塚越〕
この時期の開放は好きです。
2学期の後期くらいになると叱ることがほとんどなくなる。
けじめ。
集中。
チェックテスト。
常識。
開放は
単純ではない。
~中3~
今回も上位は立志で独占。 しましょう。

~中1 中2~
前回の前期テストは中1・中2共に1位は立志生でした。
もっともっとみんなで突き抜けようぜ!!
2学期の後期くらいになると叱ることがほとんどなくなる。
けじめ。
集中。
チェックテスト。
常識。
開放は
単純ではない。

~中3~
今回も上位は立志で独占。 しましょう。

~中1 中2~
前回の前期テストは中1・中2共に1位は立志生でした。
もっともっとみんなで突き抜けようぜ!!
2009年11月23日
3連休[金田]
本日も開放終了!
3連休は文字通り大開放でした。
最近入塾した子は驚いていたかも。
何はともあれ充実した時間になったことを願います。
特に今日は昼からずっと授業してました。
中2の数学
中2社会
中3数学
中3理科
小5算数
小6算数
その間に…
各種質問受付
チェックテストの実施
快適な教室環境の維持
適度なモチベーショントーク
高校生の対応
などなど、目の回る忙しさでした。
でもこんな時間が一番好きです。
がんばってる生徒たちと同じ場所で同じ時間を共有してるのは最高です。
また明日もがんばっていきまっしょい!(笑)
P.S 来年度入塾試験まで後3週間となりました。学年によっては満席により、今回で受付を一旦締め切らせて頂くような状況になってきました。ご検討中の方はお急ぎ下さい。
3連休は文字通り大開放でした。
最近入塾した子は驚いていたかも。
何はともあれ充実した時間になったことを願います。
特に今日は昼からずっと授業してました。
中2の数学
中2社会
中3数学
中3理科
小5算数
小6算数
その間に…
各種質問受付
チェックテストの実施
快適な教室環境の維持
適度なモチベーショントーク
高校生の対応
などなど、目の回る忙しさでした。
でもこんな時間が一番好きです。
がんばってる生徒たちと同じ場所で同じ時間を共有してるのは最高です。
また明日もがんばっていきまっしょい!(笑)
P.S 来年度入塾試験まで後3週間となりました。学年によっては満席により、今回で受付を一旦締め切らせて頂くような状況になってきました。ご検討中の方はお急ぎ下さい。
2009年11月21日
嬉しい報告 〔中村〕
公民館での開放中に、勢いよくガラガラッと戸を開ける音。見るとこの顔が覗いていた。

一瞬、“不審者の乱入か?”と思ってしまった。ゴメン......。
彼は立志塾3期生(現高3)。指定校推薦で、早々と大学に合格したとの報告だった。
これも、高校に行ってからもきちんと勉強を継続してきた賜物。立派立派!!
建築の分野に進み、インテリアデザインを学ぶのだと言う。何だかオシャレではないか。
いつか、立志塾の教室をカッコよくデザインしてもらえる日を楽しみにしています。
まずは合格おめでとう!!

一瞬、“不審者の乱入か?”と思ってしまった。ゴメン......。
彼は立志塾3期生(現高3)。指定校推薦で、早々と大学に合格したとの報告だった。
これも、高校に行ってからもきちんと勉強を継続してきた賜物。立派立派!!
建築の分野に進み、インテリアデザインを学ぶのだと言う。何だかオシャレではないか。
いつか、立志塾の教室をカッコよくデザインしてもらえる日を楽しみにしています。
まずは合格おめでとう!!
2009年11月20日
あれから5年 パート③[金田]
あれから5年…といっても牟呂校のスタートは年の明けた1月からだった。
よって、12月は、塚越先生同様牛久保校の授業の合間を縫って、牟呂の申込み者のご家庭を全て訪問させていただいた。
ある家庭では…
「先生の話をじっくり聞かせてくれ」とお父様直々におっしゃられ、つたない言葉で力説した。気づくと1時間以上経っており、その間ずっと正座だったため、しびれをきらして思いっきり転んでしまった。顔から火が出るほど恥ずかしかった。(実は未だにその時痛めた足首は痛い時がある…)
また、ある家庭では…
これまたお父様が出迎えてくれ、開口一番「先生も一杯飲むか!」と言われた。もちろん丁重にお断りさせていただいた。その後の話はとても白熱したものになり、思わず涙を流される場面もあった。そして最後に「先生にお任せするよ!」と力強くおっしゃっていただいた。
またまた、ある家庭では…
お母様と本人と話していると、以前の教え子である姉がお茶を運んでくれた。その時、机に置かれた立志塾のチラシを見た瞬間「塚越先生といっしょにやるんだ!絶対すごい塾になりそうじゃん!!いいなぁ。私も行きたい!」と言われた。その一言のおかげで、その場の雰囲気が一気に和んだ。うれしかった。
今となってはみんないい思い出。
忙しく家庭訪問をしていても、あいている時間はちょくちょくあり、一人だったので時間をつぶすのが大変だった。健康ランドの駐車場に車を停めて、物思いにふけったりした。
僕の場合は中村と少し違い、気分がいい時はきっとうまくいくと思えたが、落ち込んだ気持ちの時は、漠然とした不安が脳裏をかすめた。
それもまたいい思い出。
今、また同じことをやれと言われたらできるだろうか。と思えるくらいあの時は純粋に情熱の炎を燃えたぎらせていた。そしてその炎を胸に日夜、飛び回っていた。きっと他の二人も同じ気持ちだったと思う。
我々3人の情熱の結集が立志塾で、それが短期間に有形無形のもの全ての細部に沁み渡っていくのが日々感じられた。このすばらしい時間こそ、自分の人生の中でもきっとクライマックスと言える期間だろう。
そして、さらに続く…
よって、12月は、塚越先生同様牛久保校の授業の合間を縫って、牟呂の申込み者のご家庭を全て訪問させていただいた。
ある家庭では…
「先生の話をじっくり聞かせてくれ」とお父様直々におっしゃられ、つたない言葉で力説した。気づくと1時間以上経っており、その間ずっと正座だったため、しびれをきらして思いっきり転んでしまった。顔から火が出るほど恥ずかしかった。(実は未だにその時痛めた足首は痛い時がある…)
また、ある家庭では…
これまたお父様が出迎えてくれ、開口一番「先生も一杯飲むか!」と言われた。もちろん丁重にお断りさせていただいた。その後の話はとても白熱したものになり、思わず涙を流される場面もあった。そして最後に「先生にお任せするよ!」と力強くおっしゃっていただいた。
またまた、ある家庭では…
お母様と本人と話していると、以前の教え子である姉がお茶を運んでくれた。その時、机に置かれた立志塾のチラシを見た瞬間「塚越先生といっしょにやるんだ!絶対すごい塾になりそうじゃん!!いいなぁ。私も行きたい!」と言われた。その一言のおかげで、その場の雰囲気が一気に和んだ。うれしかった。
今となってはみんないい思い出。
忙しく家庭訪問をしていても、あいている時間はちょくちょくあり、一人だったので時間をつぶすのが大変だった。健康ランドの駐車場に車を停めて、物思いにふけったりした。
僕の場合は中村と少し違い、気分がいい時はきっとうまくいくと思えたが、落ち込んだ気持ちの時は、漠然とした不安が脳裏をかすめた。
それもまたいい思い出。
今、また同じことをやれと言われたらできるだろうか。と思えるくらいあの時は純粋に情熱の炎を燃えたぎらせていた。そしてその炎を胸に日夜、飛び回っていた。きっと他の二人も同じ気持ちだったと思う。
我々3人の情熱の結集が立志塾で、それが短期間に有形無形のもの全ての細部に沁み渡っていくのが日々感じられた。このすばらしい時間こそ、自分の人生の中でもきっとクライマックスと言える期間だろう。
そして、さらに続く…
2009年11月19日
あれから5年 パート② 〔中村〕
5年前、私はまだ20代だった。
後部座席に塚越先生を乗せ、豊川市内をカルタスクレセントワゴンで走り回っていた。“校舎がまだ存在しない”のに問い合わせのお電話をくださったご家庭を訪問するために。当時塚越先生はプリペイド携帯を握りしめていた。
その時に見た、乾いた冷たい風の中、夕陽をバックにその姿を消そうとする街並みの影を、私は一生忘れることはないだろう。
ドタバタしていたかも知れない。しかし、小さな火種がフツフツと、ゆっくりと爆発するのを楽しんでいたのかも知れない。私は、世間に対しては悲観的だが、自分の運命に関してはいささか楽観的なところがある。塚越先生についていけば大丈夫、と疑わなかった。塚越先生は、当時を振り返るたびに「不安で不安で仕方がなかった」とおっしゃるが、私は失敗することなど微塵も考えてはいなかった。
それにしても、開校前の数週間はいろんな経験をした。
①塚越先生とネットカフェで入塾資料・教材作成もした。だって事務所がないのだから。後にも先にも、我が人生でネットカフェを利用したのはこの時のみ。普段飲まないアイスコーヒーが胃にもたれた。
②豊橋のダイソーで、会社の印鑑や通帳が入ったセカンドバッグを紛失。血の気が引いた2人。数分後、無事見つかった。
③当時は牛久保校の2階部分には大家さん一家が生活されていた。夜間の授業による騒音を懸念して、天井の防音効果を確かめるために1階の天井裏に突撃(というか侵入)。横這いになって鉄筋の隙間をかいくぐった。こんなことをした塾講師は日本で塚越先生と私だけだろう。
他にも多くのことを経験させていただいた。
その結果、今がある。
多くの生徒との出会い。充実した毎日。
そして、現在もなお様々なつながりをもって、立志塾は地域密着型の進学塾として存在し得ている。
多くの方々に感謝。
それでは、金田先生にバトンタッチします。
後部座席に塚越先生を乗せ、豊川市内をカルタスクレセントワゴンで走り回っていた。“校舎がまだ存在しない”のに問い合わせのお電話をくださったご家庭を訪問するために。当時塚越先生はプリペイド携帯を握りしめていた。
その時に見た、乾いた冷たい風の中、夕陽をバックにその姿を消そうとする街並みの影を、私は一生忘れることはないだろう。
ドタバタしていたかも知れない。しかし、小さな火種がフツフツと、ゆっくりと爆発するのを楽しんでいたのかも知れない。私は、世間に対しては悲観的だが、自分の運命に関してはいささか楽観的なところがある。塚越先生についていけば大丈夫、と疑わなかった。塚越先生は、当時を振り返るたびに「不安で不安で仕方がなかった」とおっしゃるが、私は失敗することなど微塵も考えてはいなかった。
それにしても、開校前の数週間はいろんな経験をした。
①塚越先生とネットカフェで入塾資料・教材作成もした。だって事務所がないのだから。後にも先にも、我が人生でネットカフェを利用したのはこの時のみ。普段飲まないアイスコーヒーが胃にもたれた。
②豊橋のダイソーで、会社の印鑑や通帳が入ったセカンドバッグを紛失。血の気が引いた2人。数分後、無事見つかった。
③当時は牛久保校の2階部分には大家さん一家が生活されていた。夜間の授業による騒音を懸念して、天井の防音効果を確かめるために1階の天井裏に突撃(というか侵入)。横這いになって鉄筋の隙間をかいくぐった。こんなことをした塾講師は日本で塚越先生と私だけだろう。
他にも多くのことを経験させていただいた。
その結果、今がある。
多くの生徒との出会い。充実した毎日。
そして、現在もなお様々なつながりをもって、立志塾は地域密着型の進学塾として存在し得ている。
多くの方々に感謝。
それでは、金田先生にバトンタッチします。
2009年11月18日
あれから5年 パート① 〔塚越〕
立志が開校して5年が経とうとしている。
あれから5年・・・
5年前に5年後のことを考えるゆとりなど、なかった。
5年経った今、この5年間を少しばかり振り返るのも良いと思う。
5年前、 私は立志塾をつくることを決めた。
一大決心だった。
細かいことを書くつもりはない。
ただ、ものごとは決めるまでに苦痛を伴う。
決めてしまえば走るだけだ。
走った。全速力で走った。
後ろで走っている中村を見失うくらいのスピードで走った。(笑)
カリキュラム作成
チラシ作成
教材作成
各種手続き用紙の作成
会社の登記
数えきれないほどの書類の作成
牛久保校それ自体の作成
⇒業者の方との打ち合わせ 棚の設置 黒板の取り付け 備品の購入
お申し込み頂いたご家庭への家庭訪問
⇒最初の67件すべて訪問させて頂きました
これらのことを同時多発的に進行させた。
ある日の手帳には一日にすべきことの番号が40番までふってあった。
“つらい”とか思わなかった。
そんなことを考える“心の隙間”がなかった。
開校日に間に合わせる!! このことだけが頭にいっぱいだった。
チラシに謳ってあった開校日は12月1日。
牛久保校の建物の引き渡し日が11月21日。
大丈夫なのか、 立志塾!?
こんなはじまりだった。
次回へつづく
あれから5年・・・
5年前に5年後のことを考えるゆとりなど、なかった。
5年経った今、この5年間を少しばかり振り返るのも良いと思う。
5年前、 私は立志塾をつくることを決めた。
一大決心だった。
細かいことを書くつもりはない。
ただ、ものごとは決めるまでに苦痛を伴う。
決めてしまえば走るだけだ。
走った。全速力で走った。
後ろで走っている中村を見失うくらいのスピードで走った。(笑)
カリキュラム作成
チラシ作成
教材作成
各種手続き用紙の作成
会社の登記
数えきれないほどの書類の作成
牛久保校それ自体の作成
⇒業者の方との打ち合わせ 棚の設置 黒板の取り付け 備品の購入
お申し込み頂いたご家庭への家庭訪問
⇒最初の67件すべて訪問させて頂きました
これらのことを同時多発的に進行させた。
ある日の手帳には一日にすべきことの番号が40番までふってあった。
“つらい”とか思わなかった。
そんなことを考える“心の隙間”がなかった。
開校日に間に合わせる!! このことだけが頭にいっぱいだった。
チラシに謳ってあった開校日は12月1日。
牛久保校の建物の引き渡し日が11月21日。
大丈夫なのか、 立志塾!?
こんなはじまりだった。
次回へつづく
2009年11月15日
インフルエンザ対策 〔中村〕

全国で猛威を奮っている新型インフルエンザ。立志塾のあるエリア(豊川南部中校区・牟呂中校区)でも学級閉鎖が相次ぎ、その感染力と生活への影響力に戦々恐々とする毎日です。
そうであっても、我々としては一日として生徒たちが授業を受けられないことがないように、と願っています。机に向かうことを欠かさず毎日を過ごしてほしいと思っています。
そこで、立志塾としてできることとして、①入室時に手指の消毒 ②希望する生徒にはマスクの無料配布 を実施しています。
誰よりも心配されているのは生徒の親御さんたちでしょう。子供たちが立志塾にいる間は、“立志の親心”で見守っていきます。
2009年11月13日
2009年11月11日
音楽発表会2009[金田]

今年も行ってきました。
毎年思うことですが、牟呂小の歌声は本当にレベルが高いです。
小4から小6まで聞きましたが、どの学年も本当に上手でした。
立志生も一生懸命歌っていて、鳥肌が立つ瞬間が何度もありました。
気球に乗ってどこまでも
野生の馬
など中学生でお馴染みの曲をしっかりと歌えていました。
みんなお疲れ様。

今週は天皇陛下御在位20年の式典が行われます。
思えば平成の御代の開始は、僕の高校受験の時期と重なっていました。
あれから20年余。早いものです。
天皇陛下ご在位20年、心よりお喜び申し上げます。
両陛下におかれましては、末永くお健やかでいらっしゃいますようお祈りいたしております。
2009年11月02日
2009牟呂中 合唱コンクール[金田]

今年も行ってきました。
今年はインフルエンザの影響で、
日程の延期
場所が学校の体育館へ変更
学級閉鎖等で十分な練習時間の確保ができない
など良くない環境のなかでの実施となってしまいました。
しかし、その影響を微塵にも感じさせない素晴らしい合唱にしばし酔いしれました。
例年通り、立志生は大活躍。
指揮者、伴奏者を担当した立志生は全部で14名。
そして、今年は各学年1名ずつ選ばれる、指揮者賞と伴奏者賞に3名が選出!
2年生に至っては、伴奏者賞も指揮者賞も立志生が独占!
みんな良くがんばりましたね。
会場では体育館ということもあり、いつも以上に多くのご父母の方から声をかけていただきました。
そして、T先生にもきっちりごあいさつさせていただきました。
さて、今度の土曜日は牟呂小の音楽発表会です。
小学生のみんな、がんばってね!!