2009年11月19日

あれから5年 パート② 〔中村〕

5年前、私はまだ20代だった。

 後部座席に塚越先生を乗せ、豊川市内をカルタスクレセントワゴンで走り回っていた。“校舎がまだ存在しない”のに問い合わせのお電話をくださったご家庭を訪問するために。当時塚越先生はプリペイド携帯を握りしめていた。

 その時に見た、乾いた冷たい風の中、夕陽をバックにその姿を消そうとする街並みの影を、私は一生忘れることはないだろう。

 ドタバタしていたかも知れない。しかし、小さな火種がフツフツと、ゆっくりと爆発するのを楽しんでいたのかも知れない。私は、世間に対しては悲観的だが、自分の運命に関してはいささか楽観的なところがある。塚越先生についていけば大丈夫、と疑わなかった。塚越先生は、当時を振り返るたびに「不安で不安で仕方がなかった」とおっしゃるが、私は失敗することなど微塵も考えてはいなかった。

 

 それにしても、開校前の数週間はいろんな経験をした。
 
①塚越先生とネットカフェで入塾資料・教材作成もした。だって事務所がないのだから。後にも先にも、我が人生でネットカフェを利用したのはこの時のみ。普段飲まないアイスコーヒーが胃にもたれた。

②豊橋のダイソーで、会社の印鑑や通帳が入ったセカンドバッグを紛失。血の気が引いた2人。数分後、無事見つかった。

③当時は牛久保校の2階部分には大家さん一家が生活されていた。夜間の授業による騒音を懸念して、天井の防音効果を確かめるために1階の天井裏に突撃(というか侵入)。横這いになって鉄筋の隙間をかいくぐった。こんなことをした塾講師は日本で塚越先生と私だけだろう。


 他にも多くのことを経験させていただいた。

 その結果、今がある。

 多くの生徒との出会い。充実した毎日。

 そして、現在もなお様々なつながりをもって、立志塾は地域密着型の進学塾として存在し得ている。

 多くの方々に感謝。



 それでは、金田先生にバトンタッチします。


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