2005年11月24日

my school days


~母校:豊橋市立H中学校~

 授業の前後で生徒たちから学校での出来事や、いま夢中になっていることなどの話を聞きます。学校行事の成功に達成感を得ている子がいれば、あるミュージシャンに傾倒している子、友人との不仲を嘆く子など様々です。
 中学生から高校生にかけてが、人生の中で最も脳ミソが柔軟で吸収力がある時期、いわゆる多感な年代だと言うことが出来るのでしょう。この時期にどんな人と出会い、どんな経験をしたか、ということが人格形成や判断能力の度合い、そしてその後の人生に大きく影響していく基なのかも知れません。また、困難に直面したときにいかに克服していくか、ということも、この時期の大きなテーマだと私は思います。
 テスト週間がスタートしました。中学生にとって、勉強は困難のひとつでしょうが、根気良く、決して諦めることなく研鑽して欲しいものです。

 無論、こんな私にも中学生時代はありました。従って、当然母校というものもあります。日々の勉強と部活、どちらも充実していました。そして私にはもうひとつ大きな思い出があります。それは、生徒会活動です。
 中1前期に級長(豊川市では総務と呼ぶらしい)に任命されたのを皮切りに、中1後期~中2前期を生徒会役員、中2後期と中3前期は級長を任され、何も役がなかったのは中3の後期のみという活躍(?)ぶりでした。今思えば、もっと他にやれる子がいなかったのかい、と突っ込みを入れたくなるような状況でした。
 その中でも、生徒会役員を務めた1年間は忘れられない思い出です。役員9人のうち、中2の先輩が6人、私を含む中1が3人という構成でスタートしました。優しく面白い先輩たちに恵まれ、生徒会室はいつも笑いが絶えませんでした。当時の中学生には手の届かなかったワープロを自由に使えたり、日没してもなお校舎に残っていられたり、とそんなことが新鮮に感じられたことを今でも覚えています。
 また、用務員室の冷蔵庫にはその日の給食で余った牛乳が保管されており、それらをみんなして飲みあさったこと(身長が伸びたのはこのおかげ!!)、当時流行っていたビックリマンシールのレアものを使って副会長の座を買収したこともありました(古いしせこい!!)。毎週月曜日の朝会でのスピーチを考えたり、校内かわら版を作成したり、文化祭の準備のため夜遅くまで“残業”していたり....。

 当時の記憶は鮮明です。それはきっと多感な時期の出来事だったからでしょう。勉強によるテストの得点や、部活による試合の勝敗以外の大切なものをいっぱい得られた1年間でした。
 この生徒会のメンバーとは、大人になった今でもたまに会います。私同様、親になった者もいれば、まだ大学にこもって研究している変わり者もいます。めったに会うことは出来ませんが、各自の状況、立場で活躍している、と思うだけで自分も頑張ろうという気持ちになれます。

 生徒のみんなにとって、塚越先生や金田先生との出会い、そしてこの立志塾での経験の全てが、将来の自分をつくる確かな行動の指針になるといいですね。決して楽な指導ばかりではありません。ただそれらは困難を克服するための最良の方法です。
 我々を信じ、立志塾とともに成績向上を目指していきましょうね。
(当時の無遅刻・無欠席は今でも自慢の中村でした)  


Posted by 立志塾  at 00:28金田