2005年11月19日
あれから1年・・・ “PART1”

~20日(日)の中日新聞に入ります!!~
開校して1年が経とうとしている。
この1年間、改めて思い出すと感慨が込み上げる。充実、やりがい、楽しさ、同志との信頼、感動、そして感謝。いろんな言葉が浮かぶけど、どの言葉でも満たせない“何か”を感じる。
今回は、立志開校直前を振り返ってみます。
ちょうど一年前、申し込みのあったご家庭のご自宅を訪問させて頂いた。多い日には一日で14件訪問したこともあった。運転手は中村先生だ。彼が次から次へと私を各家庭へと運ぶ。
どのご家庭でもすごく温かく迎えてくれたことが印象に残っている。「先生に預けるよ!!」っと語ってくれた何人ものお父さん。食べても食べてもお菓子を出してくれた何人ものお母さん。ある家庭に行ったら何人ものお母さんが集合していて井戸端会議の様相を呈してきて帰るに帰れなくなったこと。今、思うと感謝の言葉以外は浮かばない。
こんなことがあった。夜の10時過ぎである。今日はあと1件だ。でも、次の家庭に時間ギリギリ・・・。中村が超特急で私を運ぶ。到着した!!! 私は車を降りてとりあえずダッシュ!! “あれっ?? 何だ??”→ 気づくと田んぼに片足がズッポリと入り込んでいる。思いっきり足を抜いたら靴が田んぼに入ったままである。真っ暗闇の中で手探りで靴を拾い出す。→“おー見つかった!!!”そのまま靴を履いてもう一度ダッシュ!!! 間に合った!!! でも、ふと自分を見ると泥だらけ!! とても人様のご自宅に上がれる状態ではない。靴下を脱いで膝まくりをして上がらせてもらったことが懐かしい・・・
また、こんなこともあった。中村が車を止めるなり言った。「住所だとここのはずですよ・・」→“ここ”と言われても真っ暗である。何も見えない。「んーーー、とりあえず行ってみるよ!! 適当に車を止めて待ってて!!」 何とか家に辿り着いた!! そして、出てくると再び真っ暗!! 「なかむらーーー!!」「おーーーい」→まったく反応がない。ここは一体どこなのか?? 一瞬、日本じゃないのでは?? と訳の分からんことを考えた・・・とりあえず携帯に電話してみよう!! 中村が出た!! 彼は言った。「ちょっと離れたとこに止めたはずですよ!! こっちも真っ暗でよく分かりません。」→ほとんど探検状態である。私は言った。「電話切るなよ!! 俺をここに置き去りにするな!! お互い声が聞こえるまで歩き続けよう!!」→とにかく暗黒の世界である。目の前に何があるのかすら分からない。さまよったあげく中村に出会えた時は思わず抱きしめたくなったことを覚えている。
南中校区は広い。豊川の中心地も南中校区であれば一面田んぼの真っ暗な世界も南中校区である。→上の2つの出来事は共に天王校区であることは言うまでもない・・・ 恐るべし天王校区!!! この迷子になった家の生徒に後日聞いた。「あんなに暗いのによく街灯がなくて困らんね?? 危ないでしょ??」彼は言った。「近所の人以外は誰も来ないので誰も困ってません!!」←やはり恐るべし!!
こんなことの繰り返しから立志塾は始まった。
現在、講習生を含めて約200名の生徒達が通う塾にまで成長した。今、これを打っていて改めて思う。「あの時の気持ちを忘れるな!! 塚越!!」 生徒諸君に偉そうなことを日頃語っているが、私こそ生徒諸君に負けないように頑張る!!! 改めてここで宣言しておく!!!
さて、上のチラシである。20日(日)に中日新聞に折り込まれます!!!
新たな立志生との出会いも楽しみです!! まだ見ぬ立志生よ!! 楽しみに待ってます!!!
(塚越)