2014年05月24日
牛歩の如くしっかりと[金田]
僕には恩師と呼べる先生が3人ほどいます。
その中でもA先生は小学校4年から6年の3年間、最も多感な時期にずっと担任をしてもらい一番影響を与えてもらった先生です。
授業はいつもハイテンションでスポーツ万能、小学生の僕らにとってはヒーローのような先生でした。
いろんな思い出があるなかで最も印象に残っているのは「生活反省記録」というノートです。
これは帰りの会にその日の反省を毎日書き先生に提出するものでした。
時にくだらない内容の時もあれば数ページにもわたりつたない文章で先生に気持ちをぶつけたこともありました。
そんな僕らに対して次の日には全員コメントを数行書いて返してくれました。
それは赤ペンで大変きれいに書かれ、毎日それを読むのが楽しみだったものです。
そのノートのタイトルは「牛歩」でした。
僕らは丑年生まれの学年だったこともあったようですが、
ゆっくりではあるけれど着実に歩む姿を見て、人生と重ね合わせて見ていたのだと思います。
「牛歩の如くしっかりと」
これがA先生の口癖でした。
「暗記コンクール」「自学ノート」「教室開放」と考えてみれば、立志塾は着実にコツコツと努力することが求められる塾だと思います。
ありきたりですが、「千里の道も一歩」からです。
牛久保校ではテスト対策と勉強会がひと段落しました。
今度は牟呂校の生徒ががんばる番です。
立志生の神髄を見せて下さい。
※ちなみに生活反省記録「牛歩」は成人式の時にA先生から全員に手渡しで返却されました。今でも僕にとっての宝物です。
A先生は今年遠くの小学校から市内の某小学校の校長に赴任されました。暇を見つけて会いにいきたいと思います。
その中でもA先生は小学校4年から6年の3年間、最も多感な時期にずっと担任をしてもらい一番影響を与えてもらった先生です。
授業はいつもハイテンションでスポーツ万能、小学生の僕らにとってはヒーローのような先生でした。
いろんな思い出があるなかで最も印象に残っているのは「生活反省記録」というノートです。
これは帰りの会にその日の反省を毎日書き先生に提出するものでした。
時にくだらない内容の時もあれば数ページにもわたりつたない文章で先生に気持ちをぶつけたこともありました。
そんな僕らに対して次の日には全員コメントを数行書いて返してくれました。
それは赤ペンで大変きれいに書かれ、毎日それを読むのが楽しみだったものです。
そのノートのタイトルは「牛歩」でした。
僕らは丑年生まれの学年だったこともあったようですが、
ゆっくりではあるけれど着実に歩む姿を見て、人生と重ね合わせて見ていたのだと思います。
「牛歩の如くしっかりと」
これがA先生の口癖でした。
「暗記コンクール」「自学ノート」「教室開放」と考えてみれば、立志塾は着実にコツコツと努力することが求められる塾だと思います。
ありきたりですが、「千里の道も一歩」からです。
牛久保校ではテスト対策と勉強会がひと段落しました。
今度は牟呂校の生徒ががんばる番です。
立志生の神髄を見せて下さい。
※ちなみに生活反省記録「牛歩」は成人式の時にA先生から全員に手渡しで返却されました。今でも僕にとっての宝物です。
A先生は今年遠くの小学校から市内の某小学校の校長に赴任されました。暇を見つけて会いにいきたいと思います。
Posted by 立志塾
at 00:05
│金田