2014年04月08日
散る桜〔塚越〕

この季節になると私の心に浮かぶ名句です。
神風特攻隊で散っていった若者たちを桜に例えたものとして
映画や小説ではおなじみですが、
散りゆく桜を眺めながら、
しばらく動けなくなるほど切なくなる瞬間が私にはあります。
この俳句は江戸中期の僧侶、良寛(りょうかん)の辞世の句として読まれたもので、
神風特攻隊より200年ほど前にさかのぼります。
“無常観”こそが仏教の神髄であることは言うまでもありませんが、
わずか17文字で表される世界観に畏れを感じざるをえません。
今の生徒諸君に例えてみましょう。
中1や高1で入学したばかりの生徒にとって、
この先の3年間というものは、長く果てしなく感じられることでしょう。
しかし、3年間という物理的な時間さえ経過すれば、
君たちは否応なしに卒業することになります。
3年間という時の流れは誰にも止めらないし、
誰もが同じように共有することになります。
しかし、その中身は人によって絶対に異なりますね。
それを決めることができるのは、
あなた自身のその瞬間、その瞬間の決断の繰り返しになります。
君たちにとって散る時というものは“死”であるはずもなく、
卒業と捉えると良いでしょう。
気持ちよく散れる桜になりたいものですね。
Posted by 立志塾
at 00:10
│塚越