2013年12月18日
大銀杏〔晃詳〕
鎌倉は鶴岡八幡宮に、「大銀杏」と呼ばれる大きな銀杏(いちょう)の樹がありました。
今日の授業では、少ししか話が出来なかったのですが、
この銀杏は、「隠れ銀杏」とも呼ばれ、
それは1219年、
鎌倉幕府3代将軍・源実朝(みなもとのさねとも)が、
八幡宮本宮で右大臣の拝命を受け、雪積もる石段を下りる際に、
この大銀杏の陰に隠れたおいの公暁(くぎょう)に切りつけられ、
樹のもとで命を絶ったと、言われているからです。
源氏の直系は、ここに途絶えてしまうことになります。
私自身は、今から8年ほど前に、
この「大銀杏」を見に行ったことがあります。

そこで、ふと気づいたこと。
おもしろいものですね。
「大銀杏」を、同じように見ていた人の中で、
この由来を知っている人は、
きっと「大銀杏」の陰に、公暁と実朝の姿を見ていたと思うのです。
でも知らなかった人は、
ただの大きな銀杏にしか、見えなかったはずです。
いろいろなことを知ることで、見える景色もまた変わってくるのです。
ちなみに、冒頭の文で、「ありました」と過去形になってしまっているのは、
2010年3月の強風により、残念なことに、
この「大銀杏」は既に倒れてしまっているから。
(その後、一部が移植され、若芽が確認されたと聞きます)
私にさまざまなことを教えてくれた、
印象深い「大銀杏」であります。
今日の授業では、少ししか話が出来なかったのですが、
この銀杏は、「隠れ銀杏」とも呼ばれ、
それは1219年、
鎌倉幕府3代将軍・源実朝(みなもとのさねとも)が、
八幡宮本宮で右大臣の拝命を受け、雪積もる石段を下りる際に、
この大銀杏の陰に隠れたおいの公暁(くぎょう)に切りつけられ、
樹のもとで命を絶ったと、言われているからです。
源氏の直系は、ここに途絶えてしまうことになります。
私自身は、今から8年ほど前に、
この「大銀杏」を見に行ったことがあります。

そこで、ふと気づいたこと。
おもしろいものですね。
「大銀杏」を、同じように見ていた人の中で、
この由来を知っている人は、
きっと「大銀杏」の陰に、公暁と実朝の姿を見ていたと思うのです。
でも知らなかった人は、
ただの大きな銀杏にしか、見えなかったはずです。
いろいろなことを知ることで、見える景色もまた変わってくるのです。
ちなみに、冒頭の文で、「ありました」と過去形になってしまっているのは、
2010年3月の強風により、残念なことに、
この「大銀杏」は既に倒れてしまっているから。
(その後、一部が移植され、若芽が確認されたと聞きます)
私にさまざまなことを教えてくれた、
印象深い「大銀杏」であります。
Posted by 立志塾
at 02:31
│晃詳