2013年08月21日
大野城と水城〔晃詳〕
今日の牛久保校の中1の社会の授業(歴史)で、
「山城」と「水城」を築く
という言葉が出てきました。
これ。
「山城」は普通に「やまじろ」ですが、「水城」は「みずき」と読みます。
時は、飛鳥時代。
大化の改新を行った、中大兄皇子の治世。
しかし663年、百済の復興をかけて戦った「白村江(はくそんこう)の戦い」で、
日本は唐・新羅連合軍に大敗。
唐の侵攻を恐れた中大兄皇子は、
その防衛施設として、
西日本に「山城」、大宰府近辺に「水城」を築いていきました。
ちなみに、その「山城」のひとつが、「大野城」(おおのじょう)にあたります。

少し話は変わり。。
今から20年ほど前、
まだ私が学生だった頃に、
この辺りを、ひとり旅したことがあります。
実は「大野城」も、「水城」も、「大宰府」も、
今も地名として残っているんですね。
「水城」に関しては、今なおその土塁の跡を、見ることが出来ます。

授業や「塚コン」で覚えていった言葉を、
生徒のみんなが、もう少し大きくなったときに、
こうしてリアルに触れることが出来ると、
それはそれでたまらなく面白いのではないかと思います。
で、本当はここで、
当時撮った「水城」の写真を、みんなに見てもらいたかったのです。
ところが、この時間まで探しても探しても見つからず。。
(時計の針は、いよいよ午前1時30分を回りました)
その代わりに、見つけた当時の写真を、
載せておきたいと思います。

お粗末さまでした。
Posted by 立志塾
at 02:16
│晃詳