2005年06月02日
牛久保校巡り

~その①~

~その②~

~その③~

~その④~
梅雨入りを前にして暖かい日が続いています。こんな気持ちのいい日には、当ページをご覧のみなさんに牛久保校巡りをしていただきましょう。案内人は私です。こじんまりとした敷地内にも、立志塾誕生にまつわる数々の史跡(?)があるのです。そのいくつかをご紹介します。
写真その①『屋外トイレ』
これは、既にこのコーナーで紹介いています(5/12投稿)ので、あえて説明はいたしません。しかし、だれもこのトイレを「ガリレオくん」とは呼んでくれません(哀)。
写真その②『奥の細道』
3号教室(小教室)へ、または職員室の裏口へと続くお洒落な小道です。元々は雑草が生い茂っていたところを整地し、玉砂利を敷き詰めました。また頭上には軒を設置して雨を防ぎ、足元がドロドロになる心配を解消しています。先日、除草剤を散布しましたので雑草対策も万全です。
志ある者たちに踏み固められ、いつしか“牛久保のサクセスロード”と言われる日を夢見ています。
写真その③『開かずの扉』
1号教室と3号教室を隔てている壁と一体化しているのが、この『開かずの扉』。もともとは二つの教室の出入り口となる予定でしたが、とある理由で封鎖されてしまいました。もう二度と開けられることはないでしょう。とある理由?それは謎のままです....。
写真その④『時限装置』
1号教室の時計横に、小窓?と思わせるような観音開きの小さな扉が....。そこには、ある時限装置が内蔵されています。その正体は、牛久保校の照明看板の点灯・消灯を自動で作動させるタイマーなのです。
日々、南大通を明るく照らす立志の灯火(ともしび)は、時間に正確なのです。
写真その⑤『カーテン?壁?』
ここは2号教室です。牛久保校に足を踏み入れたことのない牟呂校の生徒諸君は、この写真に写る黒板がどのようにして取り付けられているか分かりますか?向かって右半分は宙に浮いています。手品のようですが、その答えは背後のカーテンだけが知っています。
ただ、カーテンといっても日差しを遮るためではなく、ここでは壁として存在しています。その奥は物置ですので。
写真その⑥『地獄の入り口』
2号教室後方の天井には、正方形のふたで閉ざされた、屋根裏へと続く入り口があります。立志塾開校の準備をしていた頃、塚越先生と私は屋根の構造の調査のため、この入り口から中へ進入したことがありました。しかし、そこは地獄でした。懐中電灯の光でわずかに前方が見えるほどの闇、全身にまとわりつく無尽蔵の埃(ほこり)、横になったままでないと前に進めないほどの狭さ、迷路のように行く手を阻む鉄骨........。汗まみれ、埃まみれになり、しかも腕に生傷を負いながら悪戦苦闘しました。もし今ここで地震が起こったら命は無いな、とも思いました。
「中村~、もっとこっち来て~~!。」「ちょっ、ちょっと待ってください....。」その時の2人は、さしづめ悪条件の鉱山で働く鉱夫のようだったことでしょう。変な体勢で動き回っていましたので、その後数日間は激しい腰痛に悩まされました。このことは一生忘れません。
いかがだったでしょうか。以上で牛久保校巡りは終了です。
(アレルギー体質のため、埃には人一倍敏感な中村でした)
Posted by 立志塾
at 00:48
│中村