2007年01月16日

成長できたら、うれしい。〔塚越〕

教育者は人を教育するのが仕事。
 自分自身を教育し成長しなければならないことは宿命。

 私は自分に問いかける。

 私は成長できているか?

 教務面は成長できている。
 英語も社会も知的好奇心がふつふつと湧いてくる。もっと知りたい。もっとできるようになりたい。これが行動となって自然と現われる。
1年ほど前、あるカナダ人を友達に紹介された。生徒諸君は何度も見たことがあると思うが(1年生はちょっと授業してもらいましたね。)私は彼に歴史を教えている。勿論、英語で。
 自分は英語も歴史も自信があった。ただ、それはあくまでもテスト用紙を目の前にしての自信であり実用的なものとしての実感を伴うほどではなかった。
 出会った当初、彼は私が歴史に精通していることを私の友達から聞いて知っていた。来日してわずかである。当時の政治的な問題をぶつけられた。
 「靖国問題とは何か?」
 「日韓のEEZ問題に関して歴史的な背景を教えてくれ」
 「日本の天皇制と西洋の王室との違いは?」
 「なぜ、原爆は広島と長崎に落とされたのか?」
 「なぜ? なぜ? なぜ? そして教えてくれ。」
こんな質問から始まり、最終的には必ず“What do you think about it?”と私の意見を求めてくる。
 私は当初面食らった。どこまでできるか? でも頑張った。思想的な部分に踏み込まなければ答えられない質問ばかりである。私の友達であれば「塚越の得意分野じゃん」と思うだろうが、この手の質問に対する私の考えがはたしてカナダ人の彼に受け入れられるのか? 
 そして、知らない英単語は別の表現で言い換えなければならなかった。
 彼は真剣に話を聞いてくれた。そしてそれ以来、私は毎週彼に歴史を教えることになった。個人的に食事に行くこともある。彼の両親が来日した時も紹介された。そして“ドリームキャッチャー”までもらった。
 1年前の私と比べて英語も歴史も飛躍的に実用的な知識となったと感じる。そしてこのことが以前よりさらに英語と社会の勉強を私にさせることとなった。
 そして、つくづく思う。
 もっともっと知識が欲しい。
 知識は自分の世界を広げてくれる。
 知らない自分に出会えることがある。


 さて、では人間としての自分は?

 私は今までの人生を振り返ると、人と衝突しなければ関係性を作れなかった経験が多い。
 自分の主張を言いたいだけ言い放ち衝突を起こす。
 相手の限界を見ることでその人が何たるか理解できると思っている節がある。
 そしてそれを繰り返す。こうゆう人間関係の形成は健全だとは思わないが“変えろ”と言われたところで変えられるものでもない。
 
 時が経ってから、「損をする性格だね」と言われたことは数知れない。

 つまり、短期的には私は挑発的な人間でしかないようだ。
 しかし、ただの我がままで終わりたいなどとも思ったこともない。
 自分が間違っていることはしっかりと反省する。
 そして改善する。


 この2年間、とにかく走ってきた。
 勢いよく持ち上げた斧をためらわず振り下ろすが如く走ってきた。
 走ることで倒れないようにしていたようにも感じる。
 
 金田が何を言おうが中村が何を言おうが振り切って走ってきた。
 
 立志ができて3年目の今年。
 周りの景色を見ながら走ろうと思う。

 それが私の人間としての成長に繋がると今強く思う。


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Posted by 立志塾  at 23:31 │塚越