2020年05月07日

ゆく河の流れは 〔中村〕

 中3国語教科書の巻末に、「古典・近代文学の名作」というページがあります。


 そこでは、数々の名作の冒頭部分が抜粋されており、


 多少なりとも文学に関心のある子なら、その言葉の織り成すリズムや世界に心を傾けることができるものです。


 (とは言え、授業で取り扱うことのない“資料”ですので、ほとんどの子はこのページの存在を知りもしない、、、、、、)




 
 その中に、鴨長明の『方丈記』が掲載されています。


 『方丈記』といえば、『枕草子』『徒然草』と並び称される、日本三大随筆のひとつですね。


 ↓日本の名文ともいわれる冒頭↓


 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

 世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。


 (現代語訳:教科書より)
 川は絶えることなく、いつも流れている。そのくせ、水は元の水ではない。

 よどんだ所に浮かぶ水の泡も、あちらで消えたり、こちらにできたりして、いつまでもそのままということはない。

 世間の人や、その住居を見ても、やはりこのようだ。




 行く末不透明な毎日の中で、ふとこの一節が私の頭をよぎりました。


 この作品が書かれたのは、平安時代末期から鎌倉時代初期。


 源平の争乱、平家の滅亡から鎌倉幕府成立、そして北条氏の台頭。


 さらには、地震や台風などの天災、破壊行為や火災、疫病や飢饉による世の混乱、、、。


 さすがに現在の国内情勢とは似ても似つかないのですが、


 それでも、当たり前だと思っていたものが当たり前ではなくなり、考えもしなかった事態が日常化し、


 人々の生活や心情が安定することなく不安の上に漂っていることについては、


 昔も今も変わらないと思うのです。


 


 令和二年の運命の河は、一体どこへ向かって流れているのでしょうか。


 プカプカ浮かぶ木片にしがみついてでも、私たちは、“良い変化=成長”を手にしなければなりません。


 放っておいても変化は生じます。ただし、それが退化であってはなりません。


 私自身、現状に満足している甘えがありました。成長するための努力を怠っていました。


 しっかり息継ぎをして、常に全力で水をかき、新たな局面を迎えた立志塾の一員として生きていきたい、


 そう思いました。


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Posted by 立志塾  at 00:21 │中村