2019年04月30日
令和へ〔塚越〕
昭和天皇が崩御される前の半年間くらいだったかな…
あの、得体の知れない空気のこわばりを忘れない。
崩御された後の2週間くらいだったかな…
一体、何がどうなってるのか、
情報が途絶えたかのような不思議な空間も忘れない。
私が史実として感じることができるこの国の最大なる出来事は、
昭和63年の後半、2週間しかなかった昭和64年、そして平成元年のはじまり
この時期を生きた人にしか感じられない
あの何とも形容し難い空気感ではなかろうかと思う。
あの時、私は高3だった。
自分の受験、時代の混沌
少なからず動揺した日々を過ごしている中で
“へいせい” と言う元号が突然空から降ってきた。
私もこの軽い響きがしっくりとこなかった一人であった。
あーしろ、こーしろと言われ続けた昭和の18年間。
誰も何も言わなくなり、持て余す自由を手に入れた平成の始まり。
私の学年は見事なまでに昭和と平成を切り離してくれる。
あまりに自由で軽い大学生活がはじまり
バブルの追い風が益々我々の世代を軽くしていき
“へいせい” という軽い響きが自然としっくりとくるようになった。
平成の終わりを迎えるにあたって、ふと思う。
就職
結婚
二人の子どもの誕生
子育ての苦労 笑
立志設立
様々な苦労 笑
私の人生の大きな節目となったこれらの出来事
すべてが平成。
私がいつ死ぬのか分からないが、
その時に年表をつくるとしたら
私は紛れもなく平成を生きた人になります。
つまり何が言いたいのか?
今、これを読んでいる生徒諸君、
君たちも平成を名残惜しく思うであろが、
君たちの年表の大切な部分は“令和”になることでしょう。
“輝ける令和”をイメージしましょう。
で、
私の令和年表にも、
もう少し書けることを増やしたいかな…
あの、得体の知れない空気のこわばりを忘れない。
崩御された後の2週間くらいだったかな…
一体、何がどうなってるのか、
情報が途絶えたかのような不思議な空間も忘れない。
私が史実として感じることができるこの国の最大なる出来事は、
昭和63年の後半、2週間しかなかった昭和64年、そして平成元年のはじまり
この時期を生きた人にしか感じられない
あの何とも形容し難い空気感ではなかろうかと思う。
あの時、私は高3だった。
自分の受験、時代の混沌
少なからず動揺した日々を過ごしている中で
“へいせい” と言う元号が突然空から降ってきた。
私もこの軽い響きがしっくりとこなかった一人であった。
あーしろ、こーしろと言われ続けた昭和の18年間。
誰も何も言わなくなり、持て余す自由を手に入れた平成の始まり。
私の学年は見事なまでに昭和と平成を切り離してくれる。
あまりに自由で軽い大学生活がはじまり
バブルの追い風が益々我々の世代を軽くしていき
“へいせい” という軽い響きが自然としっくりとくるようになった。
平成の終わりを迎えるにあたって、ふと思う。
就職
結婚
二人の子どもの誕生
子育ての苦労 笑
立志設立
様々な苦労 笑
私の人生の大きな節目となったこれらの出来事
すべてが平成。
私がいつ死ぬのか分からないが、
その時に年表をつくるとしたら
私は紛れもなく平成を生きた人になります。
つまり何が言いたいのか?
今、これを読んでいる生徒諸君、
君たちも平成を名残惜しく思うであろが、
君たちの年表の大切な部分は“令和”になることでしょう。
“輝ける令和”をイメージしましょう。
で、
私の令和年表にも、
もう少し書けることを増やしたいかな…
Posted by 立志塾
at 00:14