2018年03月27日

ROOTS〔塚越〕

娘の大学進学の報告を兼ねて、久しぶりに実家を訪れた。




すると父親が妙なものを見せてきた。





ROOTS〔塚越〕


我が家の家系図




こんなものが存在している時点で感心したが、




な、なんと、




ご先祖様は彦根藩の藩士…








徳川四天王の中でも別格に位置した、



「井伊の赤鬼」こと、井伊直政を藩祖とするあの井伊家に、、、



我が家の祖先は代々仕えていた…



この時点で金田が羨ましがります…(笑)





で、



この家系図はここからスタート




ROOTS〔塚越〕



“塚越祐介” さんと呼ぶべきか…


曾曾祖父と呼ぶべきか… 


ひいひいじいさんと呼ぶべきか…


このお方から始まる。






慶応三年の五月、つまり1867年の5月。


江戸の末期も末期


大政奉還の半年ほど前に、


このお方が亡くなってます。






この数年後に廃藩置県で、武士という階級がなくなっていきます。



士族と名を変えてからも抵抗は続き、1877年の西南の役を以って幕藩体制は完全に消滅します。



が、



こうゆう家系図に “士族” という二文字を残すことが最後の抵抗だったのでしょう…



切ないのは言うまでもなく、



日本の歴史の奥深さを感じざるを得ません。





で、




「祐学志教居士」



戒名ですね。



漢字の表す意味のままに解釈すれば、




「学びを祐け(助け)、教えを志す、武士」




自己満足であることを十分に承知の上で、



しばらく鳥肌が消えなかった。





で、




「彦根市の長純寺」 というところにお墓があるようです。



ネットで調べてみると、



井伊直政が開基した曹洞宗のお寺で、



直政の姉の高瀬姫、つまり “おんな城主直虎 ” と同じ墓地に眠ってます…







いつの日か自分のルーツを調べたいとは思っていたが、



あっけなく解決してしまった…



世が世なら私も 「井伊の赤備え」 の一員である…







まだ見ぬ子々孫々がいつの日か見るであろうことを想って作ったはずの家系図。



それを偶然見た子々孫々の一人として、感じるがままに言葉を述べるとしたら、



「繋がれている “血” を大切に受け継ぎたい。」



この言葉に尽きる。






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