2020年05月25日

夏の涙 〔中村〕

 私は、わがままで自己中心的な部分が強く、


 自分の世界と他人の世界との間に距離をおいてしまう欠点がある。


 それ故に、他者の気持ちや立場を理解することが出来なかったり、己の気分に支配されて身動きがとれないことがしばしばある。


 器量に乏しく、了見が狭い人間である。





 だが、そんな私にも、


 夏の甲子園への道を断たれた高校球児の悲しみ、悔しさは痛いほどよく分かる。


 私自身が元高校球児であり、元高校球児の親でもあったので、大きな目標を失った彼らの涙をテレビで見たときは、とても苦しかった。


 悔しい胸の内を抑えて、大人の判断に納得しようとしている健気な表情はあまりにも酷であった。


 春に我慢した分、夏こそは、と意気込んでいた純粋な心は潰され、彼らの背中を見守っていた親御さんたちは我が子の応援すら叶わず無念の極みだろう。


 「何よりも命が第一」とか「高校野球だけが特別扱いされるのはおかしい」とか「甲子園だけが全てではない」とか、最も過ぎる正論を否定する気はないが、


 彼らの青春はもう戻らない。


 「練習を自粛していたため、性急な開催は怪我をするリスクが高い」のも正しかろうが、


 正直、怪我を気にするよりも、全力で野球をしたい、と願っている者が大半だと思う。





 現在、愛知県高校野球連盟は、県独自の大会の開催を協議中だという。


 どんな形であれ、精一杯のプレーをしてほしい。


 時間があれば、私も球場に足を運びその景色を目に焼き付けたい。





 今年の夏は、例年以上に彼らの汗と涙が空に気化し、


 涙雨を多く降らせるだろう。


 あくまでも、わがままで自己中心的な私の勝手な解釈である。



↓ ↓ おまけ ↓ ↓
  


Posted by 立志塾  at 10:35中村