2012年03月01日
41歳の春 〔塚越〕
生徒諸君に語ったことがあるかもしれないが、
私は小学生や中学生だった頃、30歳まで生きられるか不安だった。
別に健康に問題があった訳ではない。
でも、漠然とした不安に包まれ、
心のどこかで、いつも短命であるであろう自分を思い浮かべる想像力だけは失わなかった。
そんな私にノストラダムスが容赦なく追い打ちをかけ、
30代の自分や、まして“41歳の春”なんて、とても想像したことがなく、
時々ためらうことすらあったりした。
これは私の人生に少なからず影響を与えた。
30歳ってのが転換期だった。
自分が想定していた年齢を超えたその場所には“自由”があった。
30にして余生を感じることができたことが私の原動力の一部になった。
世に言う “後悔のない人生” のはじまりになった。
そんな私が今日、41歳になりました。
イエイ!
子どもの頃、バカボンが終わった後の後味の悪さが忘れられない。
オープニングは、「タリラリランのコニャニャチワ」
ってまったくバカボンらしいのだが、
エンディングが…
なんでこんなに暗い歌で終わるんだろう?
って思った人も多かったはずだ。
41歳にしてやっと分かる心境を小学生に聴かせていた赤塚不二夫
ほんとに天才ですよね。
馬鹿げてるように思われるかもしれないが、
かなり真剣に“41歳の春”を意識して生きてきた自分がいる。
こんな私を
冷たい目で見ないでください(苦笑)
そんな自分に、
心の底から
Happy Birthdayなのだ!
私は小学生や中学生だった頃、30歳まで生きられるか不安だった。
別に健康に問題があった訳ではない。
でも、漠然とした不安に包まれ、
心のどこかで、いつも短命であるであろう自分を思い浮かべる想像力だけは失わなかった。
そんな私にノストラダムスが容赦なく追い打ちをかけ、
30代の自分や、まして“41歳の春”なんて、とても想像したことがなく、
時々ためらうことすらあったりした。
これは私の人生に少なからず影響を与えた。
30歳ってのが転換期だった。
自分が想定していた年齢を超えたその場所には“自由”があった。
30にして余生を感じることができたことが私の原動力の一部になった。
世に言う “後悔のない人生” のはじまりになった。
そんな私が今日、41歳になりました。
イエイ!
子どもの頃、バカボンが終わった後の後味の悪さが忘れられない。
オープニングは、「タリラリランのコニャニャチワ」
ってまったくバカボンらしいのだが、
エンディングが…
なんでこんなに暗い歌で終わるんだろう?
って思った人も多かったはずだ。
41歳にしてやっと分かる心境を小学生に聴かせていた赤塚不二夫
ほんとに天才ですよね。
馬鹿げてるように思われるかもしれないが、
かなり真剣に“41歳の春”を意識して生きてきた自分がいる。
こんな私を
冷たい目で見ないでください(苦笑)
そんな自分に、
心の底から
Happy Birthdayなのだ!