2008年10月23日

今、思うこと。〔塚越〕

最近、突き詰めてものごとを考えない自分に気付く。

立志を作ったころ、そして、もっと若かったころ、あれやこれやと理屈を並べては吠えていた。
そんな、“考えている自分”に浸っていた節もある。

自分の器ってどんなものなのか?
どこまでやれるか?
自己実現て何なのか?

友達が言った一言の真意を探ったり
上司に言われた一言に憤慨したり
同僚に負けない術を模索したり

今思うと、結局は“不安”だった。
“迷い”と言い換えても良い。
“自信”があるよでないような・・・こんな感じ。

自分にしか理解できない理論武装に酔っていた。
理論武装しているようで、実は“強がり”を吠えていた。
吠える必要がない人間は黙ってる。

尊敬してた人からこんなことを言われたことがある。
“俺の年になれば分かるよ・・・”

この言葉、好きじゃなかった。
年をとった人間のお決まりの逃げ台詞
“ずるい”としか思えなかった。

今、ある程度の年を重ね、痛いほどに分かる。
10年前の自分が目の前にいれば、殴ってやりたいほど生意気だった。
それを周りの人達は暖かく受け入れてくれた。
その“暖かさ”について突き詰めたことはなかった。

今、腹をくくった自分がいる。
あーだこーだ吠える気はない。
つまり、屁理屈ではなく“明日の授業の内容”を考える。

もっと良い塾にしたい。
もっと良き指導者でありたい。
そして、やっぱりもっと良い授業をしたい。

ここはシンプルに突き詰めたい。  


Posted by 立志塾  at 02:27塚越