2008年02月04日

ことばとの出会い 〔中村〕

 先日、ある生徒のお母さんとの会話で、「立志塾だより、いつも見てます」というお声をいただいた。「立志塾の先生方はみな立派な考えをお持ちで、文章もホントお上手ですね」と感心しきりのご様子であった。

 この立志塾だより、情熱溢れる生真面目な内容から、クスッと笑える和やかな内容まで様々な文章を掲載させていただいているが、どんな時でも作成者はいたって真剣である。端的にその日に決めたテーマを表現することは容易ではない。世間には、思うがままに書きなぐったために支離滅裂な日記になっている塾ブログも存在するが、我が立志塾だよりはそんな浅はかな土台に成り立っているのではない。
 読んでくれている方々に我々そのものを伝え、前向きな共通認識をひとつでも多く持つツールとして愛読していただければ幸いである。



 今日の午前、我が家に宅配便が届いた。「おっ、結構重い..」妻がダンボールを広げると、中からは何冊もの本が。

 
 それは、私が注文しておいた幼児向け書籍である。同じシリーズのものが10冊。タイトルは「言葉図鑑」という。

 この本との出会いは牟呂の明照保育園であった。偶然目に留まったそれを手に取って目を通した途端、私はうなってしまった。「う~ん、これはいい!!」
 数多くの日本語が品詞別に、有名絵本作家の五味太郎氏の絵によって解説されている。すぐに我が子に与えてやりたい、と思った。と言うよりも私自身が手に入れたいという欲求の方が強かったのかもしれないが......。
 かくして、シリーズ10冊をまとめて購入するに至った。あの『日本の仏像』以来の“おとな買い”である。

 

 正しい言葉との多くの出会いは、その人の人物像・考察力に関わる極めて重要な体験であると考える。小学生の国語授業を担当してつくづく感じることは、こどもたちのボキャブラリーの乏しいこと。言葉の意味を分かっていないがために、筆者の描く世界を的確にとらえる能力の低い生徒が少なくない。
 それは漢字力にも影を落とす。漢検の過去問題をやらせてみると、漢字の持つ意味とその組み合わせによる日本語の成り立ちについて行けるのは、日頃から読書の習慣があり、人よりも数多くの言葉を知っている生徒である。



 我々も日頃から読書は欠かさない。そこで何かを感じ何かを考える。あらゆる思考とその表現は言葉によって成立する。
 この先も多くの方々に愛され続ける立志塾だよりであるために、我々は言葉にうるさい表現者であり続ける。

PS.週刊『日本の仏像』は、現在34巻まで到達(全50巻)。どーでもいいか。  


Posted by 立志塾  at 14:11中村